賃金規程は、従業員の生活に直結する制度であると同時に、未払い賃金トラブルの多くが規程の不備や運用との乖離から生じるという意味で、企業にとってリスク管理上も重要な社内規程である。就業規則の一部として作成する企業もあれば、別規程として賃金規程を独立させる企業もある。本記事では、賃金規程に定めるべき項目、賃金支払の5原則、割増賃金・固定残業代の設計上の注意点を整理する。
賃金規程を作成する意味と法的位置づけ
労働基準法第89条第2号は、常時10人以上の労働者を使用する使用者に対し、就業規則に「賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項」を記載することを義務付けている。これは就業規則の絶対的必要記載事項であり、賃金規程を就業規則本体とは別に作成する場合も、この事項を漏れなく定める必要がある。
賃金規程を整備する意味は、単に法令上の義務を満たすことにとどまらない。基本給・諸手当の構成、昇給・降給の基準、割増賃金の計算方法をあらかじめ明文化しておくことで、給与計算の担当者が変わっても運用がぶれにくくなり、従業員との認識違いによるトラブルを減らしやすくなる。
賃金規程に定めるべき主な項目
賃金規程には、一般的に次のような項目を定める。
- 賃金の構成(基本給、諸手当の種類と支給要件)
- 賃金の決定方法(初任給、昇給・降給の基準)
- 賃金の計算方法(日割り計算、欠勤控除、遅刻早退控除の考え方)
- 割増賃金の計算方法(時間外・休日・深夜の各割増率、計算の基礎となる賃金の範囲)
- 賃金の締切日・支払日・支払方法
- 賞与・退職金の有無と概要(別規程がある場合はその旨の案内)
- 賃金の非常時払い、休業手当の取扱い
賃金規程の整備にあたっては、賃金規程テンプレートのような基本構成をベースに、自社の手当体系や給与計算実務に合わせて調整する方法が実務上とられることが多い。
賃金支払の5原則を規程に反映する
労働基準法第24条は、賃金の支払いについて次の5つの原則を定めている。これらは強行規定であり、就業規則や個別合意によっても排除できないと解されている。
| 原則 | 内容 | 実務上の留意点 |
|---|---|---|
| 通貨払いの原則 | 賃金は通貨で支払うことが原則 | 労働者の同意を得た場合の口座振込は例外として認められている |
| 直接払いの原則 | 労働者本人に直接支払う | 代理人や第三者への支払いは原則として認められない |
| 全額払いの原則 | 賃金の一部を控除せず全額支払う | 法令に定めのある社会保険料等、労使協定に基づく控除は例外とされる |
| 毎月1回以上払いの原則 | 賃金は毎月1回以上支払う | 賞与など臨時に支払う賃金は対象外 |
| 一定期日払いの原則 | 支払日を特定の期日に固定する | 「毎月末日」等、周期的に到来する期日を定める必要がある |
賃金規程では、これらの原則を踏まえたうえで、締切日・支払日・支払方法(口座振込を行う場合の労働者の同意取得の運用を含む)を具体的に記載しておくことが望ましい。特に、賞与を除く賃金の支払日を「毎月25日」のように固定日で定めず、「毎月第4金曜日」のような変動日にしてしまうと、一定期日払いの原則との関係で問題になり得るため、規程作成時に確認しておきたい点である。
割増賃金の計算方法を規程に明記する
割増賃金は、労働基準法第37条に基づき、時間外労働・休日労働・深夜労働について、通常の賃金に一定の割増率を加えて支払う制度である。一般的な割増率の目安は次のとおりである。
- 時間外労働(法定労働時間を超える労働):25%以上
- 休日労働(法定休日の労働):35%以上
- 深夜労働(午後10時から午前5時までの労働):25%以上
- 時間外労働が深夜に及ぶ場合:時間外25%以上+深夜25%以上で合計50%以上
- 休日労働が深夜に及ぶ場合:休日35%以上+深夜25%以上で合計60%以上
なお、月60時間を超える時間外労働については、割増率が50%以上とされている点も踏まえ、自社の労働時間管理の実態に照らして規程に反映する必要がある。
割増賃金の計算の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当、住宅手当など、労働基準法施行規則で除外が認められている手当を除き、原則として諸手当を含める必要がある。どの手当を計算基礎に含めるかは、手当の名称ではなく実質的な性質(労働の対償として支給されているか、個人的事情に応じて支給されているか)で判断されると考えられており、名称だけで除外可能と判断すると後日の未払い賃金請求のリスクにつながりかねない。この点は判断が難しい場合もあるため、手当を新設する際には社会保険労務士や弁護士に確認することが望ましい。
固定残業代(みなし残業代)を導入する場合の留意点
固定残業代制度は、あらかじめ一定時間分の時間外労働に対する割増賃金を固定額として基本給や手当に組み込んで支給する仕組みである。運用コストを削減できる面がある一方、制度設計を誤ると、支払ったはずの割増賃金が有効な支払いとして認められず、未払い残業代の請求を受けるリスクが指摘されている。
固定残業代を有効に運用するための一般的な考え方として、次の点が実務上重視されている。
- 通常の労働時間の賃金に当たる部分と、割増賃金に当たる部分とを、契約書・規程上で判別できる状態にしておくこと
- 固定残業代が何時間分の時間外労働に対応するのかを明示すること(例:「固定残業手当は時間外労働30時間分として支給する」)
- 固定残業代の対象時間を超えて時間外労働が発生した場合には、別途差額を支払う旨を明記し、実際にも差額を精算する運用を徹底すること
- 固定残業代の金額・時間数を、雇用契約書・求人票・賃金規程の間で整合させること
固定残業代の時間数や金額が規程・契約書に明記されていない、あるいは実際の運用として差額精算が行われていないケースは、労働審判や訴訟で争われた際に固定残業代部分が無効と判断される可能性があるとされており、規程整備の段階で慎重に確認しておく必要がある。固定残業代を含む賃金体系の見直しについては、固定残業代等の賃金控除に関する労使協定テンプレートも参考になる場合がある。
賃金規程と他の社内規程・契約書との整合性
賃金規程は単独で機能するものではなく、雇用契約書、36協定(時間外労働・休日労働に関する労使協定)、昇給規程等と整合している必要がある。たとえば、雇用契約書に記載された基本給・手当の内訳が賃金規程の定める区分と異なっていたり、36協定で定めた延長時間の上限と実際の運用が乖離していたりすると、規程を整備した意味が薄れてしまう。
昇給の基準を定める場合は、昇給規程テンプレートのように、評価制度と連動させた昇給ルールを別途整備し、賃金規程からの参照関係を明確にしておくと、運用の一貫性を保ちやすくなる。
よくある失敗例
賃金規程の整備・運用でよく見られる失敗には、次のようなものがある。
- 規程上は「役職手当は役職に応じて支給する」とだけ記載されており、具体的な金額や支給条件が不明確なまま運用されている
- 割増賃金の計算方法(計算の基礎となる賃金の範囲、端数処理の方法)が規程に明記されておらず、担当者によって計算結果が異なる
- 固定残業代の時間数・金額が雇用契約書と賃金規程で食い違っている
- 手当の支給実態が規程の記載と異なっており(例:規程上は「全員に支給」とあるが実際は一部社員のみ)、不利益変更に該当するか判断が難しくなっている
- 賃金規程を作成した後、法改正(割増賃金率の見直し等)に合わせた改定を行っていない
よくある質問(FAQ)
Q1. 賃金規程は就業規則とは別に作成しなければなりませんか。
労働基準法上、賃金に関する事項は就業規則の絶対的必要記載事項であるが、これを就業規則本体に含めるか、別規程として切り出すかは企業の任意である。従業員数が多く、賃金体系が複雑な企業では、別規程とした方が改定手続きを行いやすい場合がある。いずれの形をとる場合も、就業規則本体との整合性を保つ必要がある。
Q2. 固定残業代を導入すれば、その時間数を超えた残業代を支払わなくてもよいですか。
固定残業代は、あらかじめ定めた時間数分の割増賃金を固定額で支払う仕組みであり、実際の時間外労働がその時間数を超えた場合には、超過分について別途割増賃金を支払う必要があると考えられている。固定残業代を支給しているという理由だけで、超過分の精算を行わない運用は、未払い賃金の問題につながるおそれがある。
Q3. 手当の名称を「通勤手当」とすれば、割増賃金の計算基礎から除外できますか。
割増賃金の計算基礎からの除外が認められる手当は、労働基準法施行規則で限定的に列挙されており、手当の名称ではなく実質的な性質によって判断されると考えられている。実際には通勤距離等に関係なく一律に支給される手当を「通勤手当」と名付けているような場合、除外が認められないおそれがある。手当設計にあたっては、実態に即した名称・支給基準とし、判断に迷う場合は専門家に確認することが望ましい。
まとめ
- 賃金規程には、賃金の決定・計算・支払方法、締切り・支払時期、昇給に関する事項を定める必要がある(労働基準法89条2号)
- 賃金支払の5原則(通貨払い・直接払い・全額払い・毎月1回以上払い・一定期日払い)は強行規定であり、規程・運用の両面で遵守する必要がある
- 割増賃金の計算方法(割増率、計算基礎となる賃金の範囲)を規程に明記し、手当の名称ではなく実質で判断する視点を持つ
- 固定残業代を導入する場合は、通常賃金部分と割増賃金部分を判別できるようにし、超過分の差額精算を徹底する
- 賃金規程は雇用契約書・36協定・昇給規程等と整合させ、支給実態と規程の記載が乖離しないよう定期的に見直す
本記事は一般的な情報提供を目的として作成されたものであり、個別・具体的な法律相談に代わるものではありません。本記事の内容は執筆・更新時点の法令・裁判例等に基づいており、その後の法改正等により内容が現状と異なる場合があります。本記事の内容に基づいて行った行為の結果について、株式会社リーガリスト(以下「当社」)および監修者は一切の責任を負いかねます。個別の事案については、必ず弁護士等の専門家にご相談ください。
[要確認事項] - 割増賃金率(月60時間超の時間外労働に関する取扱い等)の記載内容および企業規模による適用関係について監修者確認が必要。 - 固定残業代の有効要件に関する判例上の考え方の紹介粒度について、監修者による表現調整が必要。