スクラム等の反復型開発に用いる契約書。IPA「アジャイル開発版モデル契約書」と民法第656条の準委任を前提に、協働体制とスプリント運営を定める。
⚠ 本書式は弁護士監修前の草稿である。監修完了まで販売・配布・公開を禁止する。 本書式は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別・具体的な法律相談に代わるものではない。
アジャイル開発モデル契約書
第1部: 書式本文
【ユーザー商号】(以下「甲」という。)と【ベンダー商号】(以下「乙」という。)とは、スクラム等の反復型開発手法(以下「アジャイル開発」という。)によりソフトウェアを開発することに関し、次のとおりアジャイル開発モデル契約(以下「本契約」という。)を締結する。
第1条(目的) 本契約は、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が公表するアジャイル開発版モデル契約書の考え方を参考とし、甲乙が協働してアジャイル開発を行うにあたっての基本的な役割分担及び権利義務関係を定めることを目的とする。
第2条(契約の性質) 1. 本契約及び本契約に基づき甲乙が合意する各スプリントに関する合意(以下「スプリント合意」という。)は、民法第656条において準用される委任の規定に服する準委任契約とする。 2. アジャイル開発は、開発の初期段階で仕様及び納期を確定させることが困難であり、開発対象(プロダクトバックログ)が反復的な検証を通じて変動することを前提とする開発手法であるため、仕事の完成を要件とする請負契約(民法第632条)にはなじまないものとし、甲乙はこの前提を理解した上で本契約を締結する。
第3条(体制及び役割) 1. 甲は、開発対象のプロダクトに関する優先順位付け及び受入れの可否を決定する権限を有する担当者(以下「プロダクトオーナー」という。)を選任する。 2. 乙は、開発チームがアジャイル開発の手法及びプロセスに従って作業できるよう支援する担当者(以下「スクラムマスター」という。)を選任する。 3. 甲及び乙は、プロダクトオーナー及びスクラムマスターの氏名を相互に通知し、変更があった場合は速やかに相手方に通知する。
第4条(プロダクトバックログ) 1. プロダクトオーナーは、開発対象の機能その他の要求事項を一覧化したプロダクトバックログを作成し、随時更新する。 2. プロダクトバックログの項目及び優先順位は、開発の進行に伴い甲乙協議の上、随時変更されることを甲乙は了解する。
第5条(スプリントの実施) 1. 本開発は、【2】週間を1単位とする反復期間(以下「スプリント」という。)を繰り返すことにより行う。 2. 各スプリントの開始にあたり、甲乙は当該スプリントで実施する作業範囲(以下「スプリントバックログ」という。)について協議の上、これを合意する。 3. 各スプリントの対価は、当該スプリントの開始前に甲乙が合意した金額とし、乙はスプリント期間中、善良な管理者の注意をもって開発チームによる作業を遂行する。
第6条(協働作業義務) 1. 甲及び乙は、アジャイル開発が甲乙の緊密な協働を前提とする開発手法であることを踏まえ、原則として毎日、開発の進捗を確認する短時間の会議(デイリースクラム等)に必要な人員を出席させるものとする。 2. プロダクトオーナーは、開発チームからの仕様に関する問い合わせに対し、合理的な期間内に回答するものとする。 3. 甲の協働作業義務の不履行により当該スプリントの目標が達成できなかった場合、乙は当該不履行についての責任を負わない。
第7条(スプリントレビュー及び受入れ基準) 1. 各スプリントの終了時に、甲乙はその時点における開発の成果を確認する会議(以下「スプリントレビュー」という。)を実施する。 2. 甲乙は、スプリントレビューに先立ち、各スプリントバックログの項目ごとに完了の判定基準(以下「受入れ基準」という。)をスプリント合意において具体的に定めるものとし、受入れ基準を満たすか否かはプロダクトオーナーが判定する。 3. プロダクトオーナーが受入れ基準を満たさないと判定した項目については、甲乙協議の上、次回以降のスプリントバックログへの再編入その他の対応を決定する。
第8条(対価及び支払方法) 1. 各スプリントの対価は、第5条3項の合意に基づき、甲が乙に対し、各スプリント終了後【〇】日以内に乙の指定する口座に振り込む方法により支払う。 2. 対価は、開発対象の完成又は個々の機能の完成を条件とするものではなく、各スプリントにおける乙の役務提供の対価として発生する。
第9条(契約期間及び終了) 1. 本契約の有効期間は、契約締結日から【6】か月間とする。 2. 甲又は乙は、あるスプリントの終了時に、以後のスプリントを継続しない旨を相手方に通知することにより、本契約を終了させることができる。この場合、既に実施されたスプリントに関する対価の支払義務には影響しない。
第10条(知的財産権の帰属) 各スプリントにおいて新たに作成された成果物に関する著作権(著作権法第27条及び第28条に定める権利を含む。)は、対価の完済を条件として乙から甲に譲渡される。ただし、乙が本契約締結前から保有するフレームワーク、開発ツール又は汎用モジュールについては乙に留保される。
第11条(秘密保持) 甲及び乙は、本契約の履行に関連して知り得た相手方の技術上又は営業上の情報を、相手方の書面による承諾なく第三者に開示又は漏えいしてはならない。本条の義務は本契約終了後も【3】年間存続する。
第12条(反社会的勢力の排除) 甲及び乙は、自己が暴力団その他の反社会的勢力に該当せず、これらと関係を有しないことを表明し保証する。相手方が本条に違反した場合、催告を要せず本契約を解除することができる。
第13条(協議及び合意管轄) 1. 本契約に定めのない事項又は解釈に疑義が生じた事項は、甲乙誠意をもって協議し解決する。 2. 本契約に関する紛争については、【〇〇地方裁判所】を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
以上の合意を証するため本書2通を作成し、甲乙記名押印の上、各自1通を保有する。
【〇〇〇〇年〇〇月〇〇日】
(甲) 住所:【 】 商号又は名称:【 】 代表者:【 】 印
(乙) 住所:【 】 商号又は名称:【 】 代表者:【 】 印
第2部: 立場別・場面別の書き換えパターン
A. ベンダー向け書き換え
A-1. 立ち上げ初期の小規模スクラムチーム
第6条3項追加例:「甲の協働作業義務の不履行が2スプリント以上継続した場合、乙は本契約を将来に向かって解除できる。」 解説: 立ち上げ期はプロダクトオーナーの関与不足が起きやすい。不履行の継続を解除事由とし撤退判断を容易にする。
A-2. 複数チームが並走する大規模案件
第5条3項修正例:「スプリントの対価は、開発チームの人員構成及び稼働時間に基づく実費精算方式とし、甲乙は四半期ごとに単価を見直す。」 解説: 大規模案件では固定額より実費精算方式の方が負担リスクを軽減でき、市場変動にも対応しやすい。
B. ユーザー向け書き換え
B-1. 立ち上げ初期の小規模スクラムチーム
第7条2項追加例:「受入れ基準は、可能な限り測定可能かつ客観的な指標(動作確認手順、性能基準等)により定め、主観的評価のみによる判定は行わない。」 解説: 初期段階は受入れ基準があいまいなまま合意され「完了」の認識齟齬が生じやすい。客観的指標での基準設定を促し紛争を予防する。
B-2. 複数チームが並走する大規模案件
第9条2項修正例:「甲は、あるスプリントの終了時に、以後のスプリントを継続しない旨を【1】か月前までに乙に通知する。」 解説: 要員再配置に一定期間を要するため、即時終了ではなく予告期間を設け円滑な移行を図る。
第3部: 書き方と法的ポイント解説
使う場面・使ってはいけない場面 本書式は、スクラム等の反復型開発手法により、要求仕様を確定させずに開発を進めるプロジェクトで用いる。開発対象の仕様が契約締結時点で確定しており、確定仕様に基づく完成物の納品を目的とする場合には、請負契約であるソフトウェア開発基本契約書及び個別契約書を用いるべきであり、本書式はなじまない。
根拠法令及び参考資料 準委任契約の性質に関する民法第656条を根拠とし、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)のアジャイル開発版モデル契約書の考え方(スプリント単位での準委任契約の反復、プロダクトオーナー及びスクラムマスターの役割分担、プロダクトバックログの変動性を前提とした設計)を参考にしている。請負契約(民法第632条)がなじまない理由は、仕事の完成義務を課すと開発対象が反復的に変動する性質と整合せず、契約不適合責任の起点となる「完成」を観念しづらいためである。
実務でよくある失敗と対策 第一に、アジャイル開発を採用しながら契約書上は請負契約として構成し、仕様変更のたびに契約不適合責任の有無が争点化する失敗がある。第2条のように準委任である旨とその理由を明記する。第二に、受入れ基準を各スプリントで具体化せず、プロダクトオーナーとベンダーの間で「完了」の認識が食い違う失敗がある。第7条2項のように受入れ基準をスプリント合意ごとに明確化する。第三に、協働作業義務を発注者側の努力義務にとどめず放置し、開発の停滞責任がベンダー側に帰せられてしまう失敗がある。第6条のように不履行時の免責を明記する。これらは一般的な留意点であり、個別のプロジェクト体制に応じた調整は専門家に確認することが望ましい。
第4部: 使用前チェックリスト
- [ ] 準委任契約であること及び請負契約を採用しない理由を明記したか
- [ ] プロダクトオーナー及びスクラムマスターの役割・選任方法を定めたか
- [ ] スプリントの単位期間【2週間】が自社の開発体制に合っているか
- [ ] プロダクトバックログの変動を前提とした条項になっているか
- [ ] 協働作業義務(デイリースクラム参加、問い合わせ対応等)を具体的に記載したか
- [ ] 受入れ基準をスプリント合意ごとに定める運用ルールを明記したか
- [ ] 各スプリントの対価が役務提供に対する対価であることを明記したか
- [ ] 契約終了時の手続と既履行分の対価精算を定めたか
- [ ] 知的財産権の帰属時期とベンダーの既存フレームワークの留保範囲を確認したか