事業譲渡で従業員を譲受会社へ移す際の取扱い覚書です。個別同意の取得、勤続年数通算、有給休暇や退職金の承継条件を定めます。
⚠ 本書式は弁護士監修前の草稿である。監修完了まで販売・配布・公開を禁止する。 本書式は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別・具体的な法律相談に代わるものではない。
事業譲渡に伴う従業員引継覚書
第1部: 書式本文
譲渡会社〇〇株式会社(以下「甲」という。)と譲受会社〇〇株式会社(以下「乙」という。)は、甲乙間の事業譲渡契約(【契約締結日】締結、以下「原契約」という。)に伴い甲の従業員を乙へ引き継ぐことに関し、次のとおり覚書(以下「本覚書」という。)を締結する。
第1条(目的) 本覚書は、原契約に基づく事業譲渡に伴い、甲に雇用される従業員のうち別紙対象者リスト記載の者(以下「対象従業員」という。)を乙へ転籍させるにあたっての取扱いを定めることを目的とする。
第2条(個別同意の取得) 甲及び乙は、事業譲渡が対象従業員の労働契約を当然に承継するものではなく、民法第625条第1項の使用者の権利の譲渡に関する規律に従い個々の対象従業員の同意を要することを確認する。甲は、対象従業員に対し本件事業譲渡の内容及び転籍後の労働条件を説明し、乙は、同意を得られた対象従業員との間で個別に労働契約を締結する。
第3条(説明会の開催) 甲及び乙は、効力発生日の【期間】前までに、対象従業員に対する合同説明会を開催し、転籍後の処遇、就業場所、賃金及び退職金の取扱いについて説明する。
第4条(勤続年数の通算) 乙は、同意のうえ転籍した対象従業員について、退職金の算定及び年次有給休暇の付与日数の算定に限り、甲における勤続年数を通算する。ただし、その他の人事制度上の取扱いについては乙の就業規則の定めるところによる。
第5条(有給休暇の承継) 甲は、対象従業員が転籍時点で有する年次有給休暇の残日数を乙に通知し、乙は当該残日数を転籍後も引き続き使用させる。
第6条(退職金の取扱い) 甲は、対象従業員が転籍する場合、転籍時点までの勤続に対応する退職金相当額を【一括して対象従業員に支払う/乙に引き継ぐ】ものとし、その具体的な精算方法は別紙精算方法一覧のとおりとする。
第7条(賃金水準の維持) 乙は、転籍後【期間】、対象従業員の基本給の水準を転籍直前の水準を下回らない範囲で維持する。
第8条(社会保険・雇用保険の手続) 甲及び乙は、対象従業員の転籍に伴う社会保険及び雇用保険の資格喪失・取得手続について、それぞれの被保険者資格に関する届出を遅滞なく行う。
第9条(転籍に同意しない従業員の取扱い) 対象従業員のうち乙への転籍に同意しない者については、甲において引き続き雇用するか、又は法令に従った手続を経て雇用関係を終了するかを甲の責任において判断する。乙は、当該従業員について雇用契約上の責任を負わない。
第10条(秘密保持) 甲及び乙は、対象従業員リストその他転籍に関して知り得た個人情報を、本覚書の目的以外に使用してはならない。
第11条(協議事項) 本覚書に定めのない事項は、甲乙誠実に協議して定める。
【締結日】
甲(譲渡会社): 【本店所在地・商号・代表者名】 印 乙(譲受会社): 【本店所在地・商号・代表者名】 印
第2部: 立場別・場面別の書き換えパターン
A. 譲渡会社(甲)向けの修正
A-1. 転籍不同意者の雇用継続コストの分担
追加条文例:「対象従業員のうち転籍に同意しなかった者を甲が引き続き雇用する場合に生じる人件費について、乙は転籍対象者数に応じた一時金を甲に支払う。」 一言解説: 転籍に応じない従業員が一定数生じることは実務上珍しくなく、譲渡会社側はその負担を軽減する分担条項をあらかじめ交渉しておくことが有効である。
A-2. 退職金精算方法の選択制
修正後:「退職金の取扱いは、対象従業員ごとに、甲が転籍時に一括精算する方式又は乙が甲における勤続年数を通算して将来の退職時に支給する方式のいずれかを選択できるものとし、選択結果を別紙に記録する。」 一言解説: 退職金規程の水準が甲乙で異なる場合、一律の取扱いでは不公平が生じやすいため、個別選択制とすることでトラブルを防止する。
B. 譲受会社(乙)向けの修正
B-1. 未払残業代等の表明保証の取得
追加条文例:「甲は乙に対し、対象従業員について未払の残業代、社会保険料その他の労務債務が存在しないことを表明し保証し、転籍後に当該債務が判明した場合は甲がこれを負担する。」 一言解説: 転籍後に未払残業代等が発覚すると乙が労働者から請求を受けるおそれがあるため、乙は甲による表明保証を取得しておくべきである。
B-2. 賃金水準維持期間経過後の見直し告知
追加条文例:「乙は、第7条の賃金水準維持期間の満了日の【期間】前までに、期間満了後の処遇方針を対象従業員に周知する。」 一言解説: 維持期間の終了時に十分な説明がないまま処遇が変更されると労使紛争に発展しやすいため、乙は事前の周知を制度化しておくことが望ましい。
第3部: 書き方と法的ポイント解説
使う場面/使ってはいけない場面 本覚書は、事業譲渡契約に基づき譲渡会社の従業員を譲受会社へ転籍させる場合に、雇用契約の承継が当然には生じないことを前提に、個別同意取得の手続や労働条件の承継内容を整理するために用いる。会社分割によって従業員を承継させる場合には、労働契約承継法に基づく別個の手続(労働者への通知及び異議申出の機会の付与)が適用されるため、本覚書ではなく同法に対応した書式を用いる必要がある。
根拠法令 事業譲渡において労働契約は、雇用主たる地位の移転にあたるため、民法第625条第1項により労働者本人の承諾を得なければ第三者に承継させることができない。この点、会社分割の場合には労働契約承継法(会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律)第3条により、分割契約等に承継対象と定められた労働者の労働契約は個別の同意を要さず承継されるが、事業譲渡はこれと異なり法律上当然の承継を認める規定がない。したがって、対象従業員の同意取得は本覚書の中核的な手続となる。年次有給休暇については労働基準法第39条により継続勤務年数に応じて付与日数が定まるため、勤続年数の通算方法をあらかじめ合意しておく必要がある。退職金については、各社の退職金規程が労働契約の内容となっていることから、通算の可否及び精算方法を明確に合意することが求められる。
実務でよくある失敗と対策 第一に、事業譲渡による転籍を会社分割と同様に当然承継が生じるものと誤解し、対象従業員から個別の同意を取得しないまま乙が業務指揮を行ってしまう失敗がある。第2条のように同意取得手続を明記し、A節・B節の各修正例のように具体的な説明の場を設けることが対策となる。第二に、退職金の通算方法を曖昧にしたまま転籍させ、後日、転籍前後の勤続年数の扱いをめぐって従業員との間で紛争となる失敗がある。第6条及びA-2のように精算方式を個別に選択できる仕組みを設けることが対策となる。第三に、未払残業代等の労務債務の有無を確認せずに転籍を進め、転籍後に乙が当該債務の請求を受ける失敗がある。B-1のように甲による表明保証を取得することが対策となる。
対象従業員の人数や労働条件の相違が大きい場合、通算方法や精算方法の設計はケースごとに異なるため、個別事案は専門家に確認することが望ましい。
第4部: 使用前チェックリスト
- [ ] 転籍対象となる従業員のリストを作成したか
- [ ] 対象従業員への説明会の開催時期・内容を定めたか
- [ ] 個別同意の取得方法及び同意書の様式を定めたか
- [ ] 転籍に同意しない従業員の取扱い方針を定めたか
- [ ] 勤続年数の通算範囲(退職金・有給休暇)を明確にしたか
- [ ] 有給休暇残日数の引継ぎ方法を定めたか
- [ ] 退職金の精算方法(一括精算か通算か)を定めたか
- [ ] 未払残業代等の労務債務の有無を確認したか
- [ ] 転籍後一定期間の賃金水準維持の要否を検討したか
- [ ] 社会保険・雇用保険の資格得喪手続のスケジュールを確認したか