福利厚生として従業員へ貸付を行う契約書。労働基準法第17条の前借金相殺の禁止に配慮し、民法第587条に基づく返済方法と退職時の取扱いを定めます。
⚠ 本書式は弁護士監修前の草稿である。監修完了まで販売・配布・公開を禁止する。 本書式は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別・具体的な法律相談に代わるものではない。
従業員貸付金契約書
第1部: 書式本文
従業員貸付金契約書
会社【甲の商号】(以下「甲」という。)と従業員【乙の氏名】(以下「乙」という。)は、甲の福利厚生制度である従業員貸付金制度に基づき金銭を貸し付けるにあたり、以下のとおり契約(以下「本契約」という。)を締結する。
第1条(貸付けの目的) 本契約に基づく貸付けは、甲の従業員福利厚生規程【 】条に定める従業員貸付金制度の一環として行うものであり、労働契約の締結と引換えに行う前借金とは性質を異にするものであることを甲乙双方確認する。
第2条(貸付け) 甲は乙に対し、令和【 】年【 】月【 】日、金【 】円を貸し渡し、乙はこれを受領し、民法第587条に基づき返還することを約した。
第3条(利息) 本貸付けは無利息とする。ただし、甲が別途利息を付す制度を定めている場合はこれに従う。
第4条(返済方法) 乙は甲に対し、元本を令和【 】年【 】月から令和【 】年【 】月まで、毎月金【 】円ずつ分割して返済する。返済は、乙が甲の指定する口座に振り込む方法によるほか、甲乙間で別途締結する労働基準法第24条第1項但書に基づく賃金控除に関する労使協定が存在する場合には、当該協定の範囲内で毎月の給与から控除する方法によることができる。
第5条(賃金控除に関する確認) 甲及び乙は、本契約に基づく貸付金の返済が、労働基準法第17条に定める前借金相殺の禁止に抵触しないことを相互に確認する。甲は、乙の意思に反して賃金と貸付金債権とを一方的に相殺することはできず、賃金からの控除による返済は、乙の自由な意思に基づく同意及び労働基準法第24条第1項但書の要件を満たす労使協定に基づく場合に限り行う。
第6条(期限の利益の喪失) 乙が本契約に基づく債務の履行を怠ったときは、乙は甲から通知催告を受けることなく当然に期限の利益を失い、残債務を直ちに一括して弁済する。
第7条(退職時の取扱い) 乙が甲を退職するときは、退職日までの残債務の返済方法について甲乙協議の上、別途合意する。甲は、乙の退職を理由として直ちに残債務全額の一括返済を求めることができるが、その請求及び回収の方法は、労働基準法第17条及び第24条の趣旨に反しない方法によるものとする。
第8条(人事労務担当部門による管理) 甲の人事労務担当部門は、本契約に基づく貸付金の残高及び返済状況を管理し、乙からの返済方法変更の申出があったときは、これを検討する。
第9条(合意管轄) 本契約に関する紛争については、【 】地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
以上、本契約の成立を証するため、本書2通を作成し、甲乙記名押印の上、各自1通を保有する。
第2部: 立場別・場面別の書き換えパターン
A. 会社(貸主)の立場
修正後: 第4条の給与控除による返済方法について、「労使協定の締結及び乙の個別の同意書取得を条件とする」旨をより明確に規定する。 一言解説: 労働基準法第24条第1項は賃金の全額払いを原則とし、控除が認められるのは法令に別段の定めがある場合又は事業場の労働者の過半数代表との書面協定がある場合に限られる。就業規則や労使協定の整備を怠ると、給与控除自体が違法な賃金控除と評価されるおそれがある。
追加条文例: 「甲は、乙の退職に際し、未返済残高が生じている場合であっても、退職金の支払と当然に相殺することはできず、乙の同意を得た上で処理する」との相殺制限条項を追加する。 一言解説: 退職金からの一方的な控除も賃金全額払いの原則との関係で問題となり得るため、会社側であっても乙の同意取得プロセスを契約上明記しておくことがトラブル防止につながる。
B. 従業員(借主)の立場
修正後: 第7条の退職時の一括返還請求について、「乙の退職後の生活に配慮し、退職後も従前と同様の分割弁済を継続することができる」旨の分割継続条項を追加する。 一言解説: 退職を理由に直ちに一括返済を求められると、退職者の生活再建に支障が生じる場合がある。従業員側としては、退職後も合理的な範囲で分割弁済を継続できる余地を確保しておくことが望ましい。
追加条文例: 「乙は、給与からの控除による返済に同意する場合であっても、いつでも将来に向けてこの同意を撤回し、振込みによる返済に変更することができる」との同意撤回条項を加える。 一言解説: 給与控除は乙の自由な意思に基づく同意が前提であるから、その同意はいつでも撤回できる建付けとしておくことが、労働基準法第24条の全額払い原則の趣旨に沿う。
C. 人事労務担当の立場
修正後: 第8条に「人事労務担当部門は、貸付金制度の利用状況及び返済状況を、個人が特定されない形で定期的に労働組合又は労働者代表に報告する」との運用状況報告条項を追加する。 一言解説: 賃金控除に関する労使協定は締結時点だけでなく、運用の実態が協定の範囲内にとどまっているかを継続的に検証する必要がある。人事労務担当としては制度運用の透明性を確保する仕組みを整えておくことが望ましい。
追加条文例: 「人事労務担当部門は、貸付金の申込みから承認、返済、退職時の精算までの手続を定めた社内規程を整備し、乙に対して事前に説明する」との手続整備条項を加える。 一言解説: 貸付金制度が場当たり的に運用されると、労働基準法第17条の趣旨に反する事実上の強制的な賃金相殺と評価されるリスクが生じるため、社内規程による手続の明確化が実務上重要である。
第3部: 書き方と法的ポイント解説
使う場面/使ってはいけない場面
本書式は、会社が福利厚生制度として従業員に対して生活資金や緊急資金を貸し付ける場面での使用を想定している。冠婚葬祭費用や医療費、住宅関連費用など、従業員の生活を支援する目的で行う小口・中口の貸付けに適する。他方、労働契約の締結や継続を条件として金銭を前貸しし、退職の自由を実質的に制限するような貸付け(いわゆる前借金)については、労働基準法第17条が明確に禁止する相殺の趣旨に照らし、本書式をそのまま用いることは避けるべきである。
根拠法令の解説
労働基準法第17条は、使用者が労働することを条件とする前貸しの債権と賃金とを相殺することを禁止しており、この規律は労働者の足止めや不当な人身拘束を防止する趣旨に基づく。もっとも、福利厚生目的の貸付金制度自体を禁止するものではなく、労働者の自由な意思に基づく合意により、賃金から任意に返済金を控除することは可能と解されている。ただし、賃金からの控除を行うには、労働基準法第24条第1項但書に基づき、事業場の労働者の過半数で組織する労働組合又は労働者の過半数を代表する者との書面による協定(いわゆる賃金控除協定)が必要となる。消費貸借の基本構造については民法第587条による。
実務でよくある失敗と対策
第一に、賃金控除に関する労使協定を締結しないまま、給与から一方的に返済金を控除してしまい、労働基準法第24条第1項の全額払い原則に違反する例がある。協定の締結及び従業員個別の同意書取得を徹底することが対策となる。第二に、退職時に未返済残高を退職金や最終給与から当然に差し引いてしまい、労働基準法第17条の趣旨や賃金全額払いの原則との関係で問題となる例がある。退職時の精算方法についても従業員の同意を前提とする手続を明確にしておくべきである。第三に、貸付けの条件として一定期間の勤続を義務づけ、退職すれば違約金や割増返済を求めるといった設計にしてしまい、実質的に前借金による足止めと評価されるリスクを生じさせる例がある。貸付けと退職の自由とを結びつけない制度設計が望ましい。個別事案は専門家に確認することが望ましい。
第4部: 使用前チェックリスト
- [ ] 貸付けが労働契約の締結・継続を条件とする前借金に該当しないか(労働基準法第17条)
- [ ] 賃金からの控除による返済を予定する場合、労使協定(労働基準法第24条第1項但書)を締結しているか
- [ ] 賃金控除について従業員本人の個別の同意を取得しているか
- [ ] 従業員がいつでも控除方式から振込方式へ変更できる仕組みになっているか
- [ ] 退職時の一括返済請求の方法が労働基準法の趣旨に反しないか
- [ ] 貸付けの利用が退職の自由を制約する内容になっていないか
- [ ] 福利厚生規程その他の社内規程が本契約と整合しているか
- [ ] 人事労務担当部門による残高・返済状況の管理体制が整っているか
- [ ] 貸付金額・返済期間が従業員の生活に過度な負担とならない水準か
- [ ] 個人情報である貸付状況の取扱いについて社内で適切に管理されているか