固定残業代制度の内容と差額精算の運用を労働者へ説明する書面です。明確区分性と対価性の要件を満たす記載例を示します。押さえるべき法令上の要件を反映した記載としています。
⚠ 本書式は弁護士監修前の草稿である。監修完了まで販売・配布・公開を禁止する。 本書式は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別・具体的な法律相談に代わるものではない。
固定残業代の有効性に関する説明書
第1部: 書式本文
固定残業代制度に関する説明書
株式会社〇〇(以下「会社」という)は、従業員【氏名】(以下「従業員」という)に対し、固定残業代制度の内容について、以下のとおり説明する。
第1条(制度の趣旨) 会社は、時間外労働、深夜労働及び法定休日労働に対する割増賃金の一部又は全部を、実際の労働時間数にかかわらず、あらかじめ定めた固定額として毎月支給する制度(以下「本制度」という)を導入する。
第2条(固定残業代の対象手当) 本制度に基づき支給する固定残業代は、【固定残業手当・業務手当等の名称】として、賃金規程及び雇用契約書に明記する。
第3条(明確区分性) 雇用契約書及び給与明細書において、基本給その他の通常の賃金部分と、固定残業代部分とを明確に区分して表示する。給与明細書には「固定残業代(時間外労働〇〇時間相当分):金〇〇円」のように、対応するみなし時間数を付記する。
第4条(固定残業代の金額及びみなし時間数) 固定残業代の月額は金【〇〇円】とし、これは時間外労働【〇〇時間】、深夜労働【〇〇時間】、法定休日労働【〇〇時間】に相当する割増賃金として算定したものである。算定根拠は別紙【固定残業代算定書】のとおりとする。
第5条(対価性) 本制度に基づく固定残業代は、労働基準法第37条に定める時間外労働、深夜労働及び法定休日労働に対する割増賃金の対価として支払われるものであり、他の性質(例えば役職手当や職務手当としての性質)を併せ持つものではないことを確認する。
第6条(差額精算) 会社は、各賃金計算期間において、実際の時間外労働、深夜労働及び法定休日労働に基づき算定した割増賃金額が、前条の固定残業代の額を上回る場合には、その差額を当該計算期間の翌月の給与支払日に精算して支払う。
第7条(差額精算の実施方法) 会社は、毎月の労働時間集計後、実際の割増賃金額と固定残業代の額を比較する計算を行い、その結果を給与明細書に付記する。差額が生じた場合は、給与明細書の「固定残業代差額」欄に金額を明記する。
第8条(みなし時間を超える恒常的な時間外労働がある場合の見直し) みなし時間数を著しく超える時間外労働が複数月にわたり継続する場合、会社は固定残業代の金額又はみなし時間数の見直しを検討する。
第9条(従業員への説明及び質問対応) 会社は、本制度の内容について従業員からの質問に応じ、必要に応じて個別に説明を行う。
第10条(本説明書の交付) 会社は、本説明書を従業員に交付し、従業員はその内容を確認したことを、末尾の確認欄への署名により示すものとする。
【確認欄】 従業員は、本説明書の内容(固定残業代の対象、金額、みなし時間数、差額精算の方法)について説明を受け、内容を理解したことを確認する。 【令和〇年〇月〇日】従業員署名【 】
第2部: 立場別・場面別の書き換えパターン
A節: 会社側の立場(新規導入時の場面)
- 求人票・雇用契約書との整合性を図る修正例 第4条について「求人票及び雇用契約書には、基本給【〇〇円】、固定残業代【〇〇円】(時間外労働〇〇時間相当)と分けて明記し、固定残業代を含めた総額のみを『月給』として表示することはしない」のように、募集段階から明確区分性を確保する記載にする。採用時の求人票と実際の給与体系が食い違うと、後日、固定残業代部分の効力そのものが争われる原因となる。
B節: 会社側の立場(既存制度を点検する場面)
第6条・第7条の差額精算について、「過去〇か月分の給与明細を確認したところ、差額精算が実施された記録がない月が複数確認された」場合の是正メモとして、「令和〇年〇月分以降について、実際の時間外労働時間を再集計し、固定残業代を上回る部分があれば遡って精算する」のように、運用の実態を点検し、記載どおりに精算が行われていなかった場合の是正手順を明記する。差額精算が形骸化している場合、固定残業代部分の対価性が否定される要因となり得る。
A節: 労働者側の立場(制度の内容を確認する場面)
第4条のみなし時間数について、「固定残業代の対象となる時間外労働時間数を書面で明示していただきたい。また、実際の労働時間がみなし時間数を下回る月であっても、固定残業代の減額は行われないことを確認したい」のように、みなし時間数の明示と、下回った場合でも減額されない扱いであることの確認を求める。固定残業代は、実労働時間が少ない月でも減額されない代わりに、多い月には差額精算が必要となる仕組みであることを、労働者側としても理解しておく必要がある。
B節: 労働者側の立場(差額精算が行われていないと感じる場面)
第7条の運用について、「直近〇か月間、時間外労働時間がみなし時間数を上回っているにもかかわらず、給与明細に差額精算の記載がない。実際の労働時間集計結果の開示を求める」のように、具体的な期間を示して開示請求を行う。給与明細に固定残業代の内訳やみなし時間数が記載されていない場合、労働者側は制度の運用実態そのものに疑義を呈することができる。
第3部: 書き方と法的ポイント解説
本書式は、会社が固定残業代制度を導入又は運用する際に、その内容を従業員に説明し、後日の紛争を予防する場面で用いる。固定残業代が有効な割増賃金の支払として認められるためには、判例上確立してきた考え方によれば、通常の労働時間の賃金に相当する部分と割増賃金に相当する部分とを判別できること(明確区分性)、及び、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われているといえること(対価性)の両方を満たす必要があるとされている。手当の名称が「業務手当」や「営業手当」であっても、契約書や給与規程上、その全部又は一部が時間外労働の対価として支払われる趣旨であることが明確にされていれば、対価性が認められる余地があるとする裁判例の考え方がある一方で、実際の労働実態や金額の水準等に照らし、時間外労働の対価とは認められないと判断された裁判例も存在する。したがって、名称や形式のみを整えるだけでは足りず、実質的にみなし時間数に見合う対価として設計し、かつ差額精算を確実に実施することが重要である。
使ってはならない場面としては、固定残業代のみなし時間数を極端に長く設定し(例えば月80時間相当等)、実質的に長時間労働を助長するような制度設計をする場合が挙げられる。このような設計は、公序良俗の観点からも問題視される可能性がある。
よくある失敗として、第一に、基本給と固定残業代を区分せず、総額のみを月給として提示してしまうケースがある。対策として、第3条のように雇用契約書及び給与明細書で明確に区分表示する。第二に、固定残業代を導入したまま差額精算を一度も実施しないケースがある。対策として、第6条・第7条のように毎月の精算プロセスを明文化し、実際に運用する。第三に、みなし時間数を従業員に明示せず、後日、実際の時間外労働時間との対比ができない状態になっているケースがある。対策として、第4条のように具体的な時間数を書面に明記する。個別事案は専門家に確認することが望ましく、割増賃金の算定基礎(労働基準法第37条)との整合性についても、手当の性質ごとに個別の検討が必要である。
第4部: 使用前チェックリスト
- 基本給部分と固定残業代部分が雇用契約書・給与明細書で明確に区分されているか
- 固定残業代のみなし時間数(時間外・深夜・法定休日の内訳)が具体的に記載されているか
- 固定残業代の金額がみなし時間数に見合う金額として算定されているか
- 対価性を示す記載(時間外労働等への対価である旨)が契約書・規程に明記されているか
- 差額精算の実施時期・方法が明記されているか
- 過去の運用において実際に差額精算が行われているか記録を確認したか
- 求人票の記載と雇用契約書の記載に齟齬がないか確認したか
- みなし時間数を著しく超える時間外労働が継続していないか確認したか
- 従業員への説明及び質問対応の記録を残しているか
- 従業員から制度内容についての確認署名を取得しているか
- 給与明細書にみなし時間数と実労働時間数の対比が分かる記載があるか