買収の前提となる経営幹部の継続勤務を確保する合意書です。勤務期間、処遇、退任時の報酬調整、競業避止義務をあわせて定めます。
⚠ 本書式は弁護士監修前の草稿である。監修完了まで販売・配布・公開を禁止する。 本書式は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別・具体的な法律相談に代わるものではない。
キーマン条項合意書(重要従業員の継続勤務)
第1部: 書式本文
【買収会社名】(以下「甲」という。)と【対象会社の重要従業員氏名】(以下「乙」という。)は、甲による【対象会社名】(以下「対象会社」という。)の株式取得(以下「本取引」という。)に関連し、乙の継続勤務等について、次のとおり合意書(以下「本合意書」という。)を締結する。
第1条(目的) 本合意書は、本取引の実行が乙の継続勤務を前提としていることに鑑み、乙の勤務期間中の処遇及び退任時の取扱いを定めることを目的とする。
第2条(継続勤務期間) 乙は、本取引のクロージング日から起算して【〇年】間(以下「継続勤務期間」という。)、対象会社又は甲が指定するグループ会社において、【役職名】として継続して勤務する。
第3条(処遇) 1. 継続勤務期間中、乙の基本報酬は月額【〇円】を下回らないものとする。 2. 乙の役職及び職務内容は、乙の合意なく本取引前と実質的に異なるものに変更しない。
第4条(リテンションボーナス) 1. 甲は、乙が継続勤務期間を満了した場合、リテンションボーナスとして【〇円】を、継続勤務期間満了後【〇か月】以内に乙に支払う。 2. 甲は、継続勤務期間中の一定の中間時点(【〇か月経過時】)において、当該時点までの勤務継続を条件に、前項の一部を分割して支払うことができる。
第5条(継続勤務期間中途の退任) 1. 乙が継続勤務期間の満了前に自己都合により退任した場合、乙は第4条に基づき既に受領したリテンションボーナスの全部又は別紙に定める割合の金額を甲に返還する。 2. 乙が対象会社又は甲の帰責事由(重大な処遇の引下げ、職務内容の一方的な変更等)により退任した場合、乙は前項の返還義務を負わない。 3. 乙が心身の故障、死亡その他やむを得ない事由により退任した場合の取扱いは、甲乙協議のうえ個別に定める。
第6条(退任後の競業避止義務) 1. 乙は、継続勤務期間満了後又は前条に基づく退任後【〇年間】、対象会社の事業と実質的に競合する事業を営む会社に自ら役員若しくは従業員として就任し、又は自ら当該事業を営んではならない。 2. 前項の義務の対象地域は【〇県〇市】及びこれに隣接する市町村の区域とし、対象事業は【〇〇事業】に限定する。 3. 甲は、第1項の義務を課すことの対価として、乙に対し【〇円】を支払う。
第7条(競業避止義務違反の効果) 乙が前条の義務に違反した場合、甲は違反行為の差止めを請求することができるほか、乙は甲に生じた損害を賠償する責任を負う。
第8条(秘密保持) 乙は、在職中及び退任後を問わず、職務上知り得た対象会社及び甲の営業秘密を第三者に開示し、又は自己のために利用してはならない。
第9条(本合意書と雇用契約・委任契約との関係) 本合意書は、乙と対象会社との間の雇用契約又は委任契約に付随するものであり、本合意書に定めのない事項は当該契約及び対象会社の就業規則の定めるところによる。
第10条(協議事項) 本合意書に定めのない事項又は疑義が生じた事項については、甲乙誠実に協議のうえ解決する。
第2部: 立場別・場面別の書き換えパターン
A. 買収会社向けの修正
A-1. 継続勤務期間中の解任事由の明確化
追加条文例:「乙に重大な義務違反又は背信行為があった場合、甲は継続勤務期間中であっても乙を解任することができ、この場合の第5条第2項の帰責事由には該当しない。」 一言解説: 買収会社は、キーマンの不適切な行動があった場合にまで継続勤務を強制されないよう、解任事由を明記する修正を行うことが多い。
A-2. 業績条件によるリテンションボーナスの調整
追加条文例:「リテンションボーナスの金額は、継続勤務期間中の対象会社の業績が別紙の目標値を下回った場合、その達成率に応じて減額することができる。」 一言解説: 単なる在籍継続だけでなく業績への貢献を処遇に反映させたい買収会社側の修正である。
B. 対象会社の重要従業員向けの修正
B-1. 処遇維持の担保強化
修正後:「継続勤務期間中、乙の基本報酬及び賞与を含む年収は、本取引直前の実績を下回らないものとし、これに反する変更は乙の書面による同意がある場合に限り効力を有する。」 一言解説: 基本報酬のみならず賞与を含めた年収水準の維持を明記し、実質的な処遇引下げを防ぐ重要従業員側の修正である。
B-2. 競業避止義務の対価及び範囲の限定
修正後:「第6条の競業避止義務の対象地域は乙が現に従事する事業と競合する地域に限定し、対価が支払われない期間については当該義務を負わない。」 一言解説: 職業選択の自由(憲法第22条)への配慮から、対価のない期間についてまで広範な競業避止義務を負わされないよう限定する修正である。
第3部: 書き方と法的ポイント解説
使う場面/使ってはいけない場面 本書式は、M&Aにおいて対象会社の経営を実質的に支えるキーパーソン(創業者、事業責任者等)の継続勤務が買収価格算定の前提となっている場合に、当該人物との間で個別に締結する。他方、単なる一般従業員の雇用維持を目的とする場合や、既に退任が予定されている経営陣との関係を整理する場合には、本書式ではなく通常の雇用契約書や退職合意書を用いるべきである。
根拠法令 乙が対象会社の従業員である場合、本合意書は労働契約に付随する合意として労働契約法の適用を受けるほか、退任時の返還条項が労働基準法第16条(賠償予定の禁止)に抵触しないよう、リテンションボーナスの返還を「既払いの条件付き利益の清算」として構成する必要がある。また、退任後の競業避止義務については、職業選択の自由(憲法第22条第1項)との調整が必要であり、裁判例上、競業避止義務の合理性は、企業の正当な利益の保護の必要性、従業員の在職中の地位、地域的・期間的な制限の有無、代償措置の有無等を総合的に考慮して判断される傾向にある。
実務でよくある失敗と対策 第一に、継続勤務を義務付けるだけで処遇維持の具体的な内容を定めず、実質的な降格や減給によりキーマンが実質的に排除される失敗がある。第3条のように役職・報酬の変更制限を明記することが対策となる。第二に、中途退任の場合の効果を「自己都合」か否かで一律に扱い、買収会社側の帰責事由による退任にもリテンションボーナスの返還を求めてしまう失敗がある。第5条のように帰責事由の有無で取扱いを分けることが対策となる。第三に、競業避止義務の範囲を無限定に定め、合理性を欠くとして無効と判断されるリスクがある。第6条のように地域・期間・対象事業を具体的に限定し、対価を明記することが対策となる。
競業避止義務の有効性判断は個別の事情により大きく異なるため、個別事案は専門家に確認することが望ましい。
第4部: 使用前チェックリスト
- [ ] 継続勤務期間及び役職・職務内容を具体的に定めたか
- [ ] 継続勤務期間中の処遇(報酬水準)の維持条件を明記したか
- [ ] リテンションボーナスの支給条件及び支払時期を定めたか
- [ ] 中途退任の場合の返還義務の有無を帰責事由の観点から整理したか
- [ ] 労働基準法第16条(賠償予定の禁止)に抵触しない構成になっているか確認したか
- [ ] 退任後の競業避止義務の対象事業・地域・期間を合理的な範囲に限定したか
- [ ] 競業避止義務の対価の有無及び金額を明記したか
- [ ] 競業避止義務違反時の差止め・損害賠償の効果を定めたか
- [ ] 秘密保持義務の対象及び存続期間を確認したか
- [ ] 対象従業員の雇用契約又は委任契約との整合性を確認したか