譲渡検討段階で売手が財務・顧客情報を開示する際の秘密保持契約です。目的外利用の禁止、従業員の引抜き禁止、接触制限を規定します。
⚠ 本書式は弁護士監修前の草稿である。監修完了まで販売・配布・公開を禁止する。 本書式は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別・具体的な法律相談に代わるものではない。
M&A秘密保持契約書(売手開示型)
第1部: 書式本文
【開示者名称】(以下「甲」という。)と【受領者名称】(以下「乙」という。)は、甲が営む【対象事業】の譲渡(以下「本取引」という。)の検討に関し、甲が乙に開示する情報の取扱いについて、次のとおり契約(以下「本契約」という。)を締結する。
第1条(目的) 本契約は、乙が本取引の検討のために甲から開示を受ける情報(以下「秘密情報」という。)の秘密保持及び目的外利用の禁止に関する事項を定めることを目的とする。
第2条(秘密情報の定義) 秘密情報とは、本取引の検討に関連して甲が乙に開示する財務諸表、顧客情報、取引先情報、事業計画その他一切の情報をいう。ただし、次の各号のいずれかに該当する情報を除く。 (1) 開示の時点で既に公知であった情報 (2) 開示後、乙の責めによらず公知となった情報 (3) 開示の時点で乙が既に適法に保有していたことを証明できる情報 (4) 秘密保持義務を負わない第三者から適法に取得した情報
第3条(目的外利用の禁止) 乙は、秘密情報を本取引の検討及び実施の目的以外に利用してはならない。乙は、秘密情報を自社又は関連会社の事業運営、他の取引の検討その他本取引と無関係な目的のために利用してはならない。
第4条(第三者への開示禁止) 乙は、甲の事前の書面による承諾なく、秘密情報を第三者に開示又は漏洩してはならない。ただし、乙の役員、従業員及び本取引の検討に必要な範囲の弁護士・公認会計士等の外部専門家(以下「関係者」という。)に対し、本契約と同等の秘密保持義務を課すことを条件に開示することができる。
第5条(管理方法) 乙は、秘密情報を善良な管理者の注意をもって管理し、複製する場合は本取引の検討に必要な範囲にとどめるものとする。乙は、秘密情報へのアクセスを関係者のうち必要最小限の者に限定する。
第6条(顧客情報等の取扱い) 秘密情報に個人情報が含まれる場合、乙は個人情報の保護に関する法律その他関係法令を遵守し、当該個人情報を適切に取り扱うものとする。
第7条(従業員の引抜き禁止) 乙は、本契約締結日から本取引が実行されるか又は検討が終了した日のいずれか早い日から【期間、例:2年間】、甲の役員及び従業員に対し、甲の事前の書面による承諾なく、直接又は間接に、勧誘、引抜き又は雇用の申込みを行ってはならない。ただし、乙が一般に行う公募に応募した者を採用することはこの限りでない。
第8条(接触制限) 乙は、甲の事前の書面による承諾なく、本取引の検討に関連して甲の取引先、金融機関及び主要顧客に直接接触してはならない。乙が甲の取引先等への接触を希望する場合、甲を通じて調整するものとする。
第9条(秘密情報の返還・廃棄) 乙は、甲の請求があったとき、又は本取引の検討が終了したときは、遅滞なく秘密情報が記録された資料及びその複製物を甲に返還し、又は甲の指示に従い廃棄し、廃棄した場合はその旨を証する書面を甲に提出する。
第10条(検討事実の秘匿) 甲及び乙は、本取引の検討を行っている事実自体についても秘密情報として取り扱い、相手方の事前の書面による承諾なく第三者に開示してはならない。
第11条(損害賠償) 乙が本契約に違反したことにより甲に損害が生じた場合、乙は甲に対しその損害を賠償する責任を負う。
第12条(有効期間) 本契約の有効期間は、本契約締結日から【期間、例:3年間】とする。ただし、第7条、第9条及び第11条の規定は、本契約終了後も存続する。
第13条(準拠法及び管轄) 本契約は日本法に準拠し、本契約に関する紛争については、【裁判所名】地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
【契約日】
甲: 【住所・名称・代表者】 印 乙: 【住所・名称・代表者】 印
第2部: 立場別・場面別の書き換えパターン
A. 情報開示者(売手)側の修正
A-1. 情報開示範囲の段階的限定
追加条文例:「甲は、本取引の検討の進捗に応じ、顧客の氏名等の特定個人情報については本取引の基本合意締結後にのみ開示するものとし、それまでの間は匿名化又は統計化した情報の開示にとどめる。」 一言解説: 交渉初期段階から詳細な顧客情報まで開示すると、交渉が破談した場合の情報漏洩リスクが高まるため、開示の段階化により売手側のリスクを抑える修正である。
A-2. 従業員引抜き禁止の対象拡大
修正後:「第7条の禁止対象には、乙が甲の元従業員を通じて甲の在籍従業員に接触する行為を含むものとする。」 一言解説: 直接の勧誘だけでなく、退職者を介した間接的な引抜きも想定される実務に対応するための修正である。
B. 情報受領者(買手)側の修正
B-1. 関係者範囲の明確化と責任の限定
修正後:「乙は、関係者による本契約違反について、乙が関係者に本契約と同等の義務を課していたにもかかわらず生じた違反については、当該関係者の選任及び監督について重大な過失がある場合に限り責任を負う。」 一言解説: 買手側が外部専門家等の第三者の行為について無限定に責任を負うことを避けるため、責任の範囲を限定する修正である。
B-2. デュー・ディリジェンスのための例外規定
追加条文例:「乙は、本取引に関する社内承認手続に必要な範囲で、秘密情報の概要を乙の取締役会及び本取引に関与する範囲の役職員に開示することができる。」 一言解説: 買収の意思決定には社内承認が不可欠であり、開示範囲を過度に狭めると実務上の意思決定プロセスに支障が生じるため、必要な範囲での開示を認める修正である。
第3部: 書き方と法的ポイント解説
使う場面/使ってはいけない場面 本書式は、M&Aの検討段階において、譲渡を希望する売手が財務情報や顧客情報等の機微な情報を買手候補に開示する際に用いる、売手からの一方的開示を前提とした片務型に近い秘密保持契約である。買手側も自社の情報を開示する双方向の取引(合併や株式交換等)では、双方の秘密情報を対象とする双務型の契約書を用いる必要があり、本書式をそのまま流用すると買手側の情報が保護対象から漏れる。また、本格的な交渉段階に至る前の初期的な打診の段階では、より簡易な秘密保持誓約書で足りる場合もある。
根拠法令 秘密情報の保護は、当事者間の契約(民法第521条)によって設計するのが基本であるが、開示された情報が秘密として管理され、有用かつ非公知であるなど不正競争防止法第2条第6項の定める要件を満たす場合には、営業秘密として同法上の保護も併せて受けられる可能性がある。顧客情報に個人データが含まれる場合は個人情報の保護に関する法律第27条(第三者提供の制限)等の規律にも留意する必要がある。従業員の引抜き禁止条項は、独占禁止法上の優越的地位の濫用や不当な取引制限には通常該当しないが、期間や範囲が不当に広範な場合は職業選択の自由(憲法第22条)との関係で公序良俗(民法第90条)違反により無効と判断されるリスクがある点に留意する。
実務でよくある失敗と対策 第一に、秘密情報の定義を抽象的にとどめ、開示済みの資料が秘密情報に該当するか後日争いになる失敗がある。第2条のように除外事由を明記し、開示資料には都度「秘密」表示を付す運用と組み合わせることが対策となる。第二に、引抜き禁止の期間・範囲を無限定に定め、後に無効と判断されるリスクを抱える失敗がある。第7条のように期間及び対象を合理的な範囲に限定することが対策となる。第三に、接触制限を定めずに買手が独自に取引先や顧客へ接触し、交渉が破談した際に売手の取引関係が損なわれる失敗がある。第8条のように接触には売手を介する旨を明記することが対策となる。引抜き禁止の期間設定の合理性や個人データの取扱いの適法性に迷いが生じる場合には、条項確定前に専門家へ相談することが望ましい。
第4部: 使用前チェックリスト
- [ ] 秘密情報の定義及び除外事由を明確に定めたか
- [ ] 開示範囲を交渉段階に応じて限定する仕組みを設けたか
- [ ] 目的外利用の禁止対象を本取引の検討・実施に限定したか
- [ ] 関係者(役員・従業員・外部専門家)への開示条件を明記したか
- [ ] 顧客情報等の個人データの取扱いについて個人情報保護法上の手当てをしたか
- [ ] 従業員引抜き禁止の期間及び対象範囲が合理的か確認したか
- [ ] 取引先・顧客への接触制限を定めたか
- [ ] 検討事実自体の秘匿義務を定めたか
- [ ] 秘密情報の返還・廃棄の手続を定めたか
- [ ] 契約終了後も存続する条項を明記したか
- [ ] 準拠法及び管轄裁判所を定めたか