建設工事で作業員が労働災害に遭った場合の上乗せ補償の負担を取り決める覚書。労働者災害補償保険法の給付と労働基準法の災害補償を前提に、保険加入と求償を整理する。

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労災上乗せ補償に関する覚書

第1部: 書式本文

労災上乗せ補償に関する覚書

【元請業者名】(以下「甲」という。)と【下請業者名】(以下「乙」という。)は、本工事に従事する作業員が労働災害に遭った場合の上乗せ補償の取扱いについて、次のとおり覚書(以下「本覚書」という。)を締結する。

第1条(目的) 本覚書は、【工事名称】(以下「本工事」という。)において、甲又は乙の労働者若しくは乙が使用する一人親方等が労働災害により被災した場合における、労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)の給付を超える損害の填補(以下「上乗せ補償」という。)に関する当事者間の負担及び手続を定めるものとする。

第2条(労災保険への加入確認) 1. 甲及び乙は、それぞれ自社が使用する労働者について、労働者災害補償保険法上の保険関係の成立及び保険料の納付を継続していることを相互に確認する。 2. 乙が一人親方その他の個人で単独に就労する者(以下「一人親方等」という。)を本工事に従事させる場合、乙は当該一人親方等が労働者災害補償保険法第34条の特別加入制度による加入をしていることを確認し、加入を証する書面の写しを甲に提出する。

第3条(法定外労災保険への加入) 1. 甲及び乙は、それぞれ自社が使用する労働者及び一人親方等を被保険者又は対象者とする法定外労災保険(上乗せ保険)に加入するものとし、その加入状況(保険会社名、保険金額、対象範囲)を本覚書締結時に相互に開示する。 2. 甲又は乙が本工事の期間中に法定外労災保険の内容を変更し、又は解約したときは、直ちに相手方に通知する。

第4条(上乗せ補償の対象) 上乗せ補償は、労災保険給付によって填補されない損害(逸失利益のうち労災保険の給付基礎日額算定方法により填補されない部分、慰謝料その他の精神的損害等)を対象とする。

第5条(負担割合) 1. 被災者が乙の労働者又は乙が使用する一人親方等である場合、上乗せ補償に係る一次的な対応及び費用負担は乙が行う。 2. 前項の被災が、甲の安全配慮義務違反その他甲の責めに帰すべき事由に起因すると認められるときは、甲及び乙は、その原因の寄与度に応じて上乗せ補償の負担割合を協議のうえ定める。

第6条(求償関係の整理) 1. 乙が第5条第1項に基づき上乗せ補償を行った後、当該被災の原因が甲の責めに帰すべき事由に起因することが判明したときは、乙は甲に対し、負担した上乗せ補償額のうち甲の寄与度に応じた部分を求償することができる。 2. 労災保険給付、上乗せ補償及び損害賠償の間で重複する範囲については損益相殺の対象となることを甲乙相互に確認し、被災者又はその遺族に対する支払の重複又は漏れが生じないよう、甲乙は支払状況を相互に共有する。

第7条(一人親方等の特別加入未確認時の対応) 乙が本工事に従事させようとする一人親方等について、労働者災害補償保険法第34条の特別加入の確認ができないときは、乙は当該一人親方等を本工事に従事させてはならない。やむを得ず従事させる場合、乙は自らの負担において当該者を被保険者とする民間の傷害保険等に加入させたうえで甲に報告する。

第8条(被災者・遺族への対応窓口) 甲及び乙は、被災者又はその遺族からの問合せ及び請求に対応する窓口を本工事の着工前に定め、相互に周知する。窓口となる者は、労災保険給付の請求手続及び上乗せ補償の請求手続について必要な説明及び協力を行う。

第9条(保険金請求手続への協力) 甲及び乙は、被災者又はその遺族が行う労災保険給付の請求及び法定外労災保険の保険金請求について、必要な書類の提供その他の協力を行う。

第10条(重層下請構造における周知) 乙は、自らがさらに第三者に工事の一部を請け負わせる場合、当該第三者に対しても本覚書に定める加入確認及び上乗せ補償の考え方を周知し、必要な確認を行わせる。

第11条(有効期間) 本覚書の有効期間は、本工事の着工日から、本工事に係る契約不適合責任等の期間が満了する日までとする。

第12条(協議事項) 本覚書に定めのない事項について疑義が生じたときは、甲乙誠実に協議して解決する。

以上を証するため本覚書2通を作成し、甲乙記名押印のうえ各1通を保有する。

【締結日】 甲(元請負人)【住所・商号・代表者名・印】 乙(下請負人)【住所・商号・代表者名・印】

第2部: 立場別・場面別の書き換えパターン

A. 元請負人に有利な修正例

A-1. 加入証明書の未提出時の就労制限 「乙は、自社の労働者及び一人親方等について法定外労災保険への加入を証する書類を本工事着手前までに甲に提出しなければならず、未提出の者を本工事に従事させてはならない。」 一言解説: 加入状況の確認を書面提出という形式的要件に結び付け、確認漏れによる補償の空白を未然に防ぐ修正である。

A-2. 下請負人の一次負担原則の明確化 「上乗せ補償に係る費用は、甲の責めに帰すべき事由が客観的資料により認められる場合を除き、乙が一次的に全額を負担するものとし、甲はその立替払いを行わない。」 一言解説: 元請の資金負担を限定し、下請負人が自社の労働者に対する一次対応の主体であることを明確化する。

B. 下請負人に有利な修正例

B-1. 元請の法定外労災保険による下請作業員のカバー 「甲は、自社が加入する法定外労災保険の対象範囲に、本工事に従事する乙の労働者及び一人親方等を含めるものとし、その保険料は甲が負担する。」 一言解説: 中小の下請負人が独自に上乗せ保険へ加入する負担を軽減し、元請の保険でカバーする仕組みに切り替える修正である。

B-2. 求償額の上限設定 「第6条第1項の求償額は、乙が現に支払った上乗せ補償額を上限とし、乙が将来支払う見込みの補償額を含まないものとする。」 一言解説: 将来発生し得る不確定な補償額まで求償対象に含めることで乙の資金繰りが不安定になることを防ぐ修正である。

第3部: 書き方と法的ポイント解説

使う場面・使ってはいけない場面の解説 本書式は、建設工事のように重層下請構造の中で複数の事業者の労働者及び一人親方等が混在して就労する現場において、労災保険の給付水準を超える損害の負担をあらかじめ整理しておく場面で用いる。労災保険への加入義務そのものを免除し、又は法定の補償義務を軽減する内容として用いることは許されず、あくまで法定給付を超える部分の上乗せ的な取決めにとどめる必要がある。

根拠法令の解説 労働者災害補償保険法は、業務上の事由等による労働者の負傷、疾病、障害又は死亡に対して保険給付を行う制度を定めており、事業主は労働者を使用する限り原則として保険関係の成立が強制される。労働基準法第75条以下は、使用者が労働者の業務上の負傷等について療養補償、休業補償、障害補償等を行う義務を定めており、労災保険給付が行われる限度において使用者はこれらの災害補償の責を免れるとされている。労働者災害補償保険法第34条は、中小事業主のほか、大工、とび職その他の個人事業者(一人親方)について、一定の要件のもとで労災保険に特別に加入することができる特別加入制度を定めており、労働者に該当しない一人親方等が労災保険の給付を受けるためにはこの特別加入の手続を経ている必要がある。

実務でよくある失敗と対策の解説 第一に、元請・下請それぞれが法定外労災保険にどの範囲まで加入しているかを相互に確認しないまま契約を進め、被災時に労災保険給付を超える損害について補償の空白が生じる例がある。第3条及びA-1のように加入状況の開示と加入証明の提出を条件化することが対策になる。第二に、重層下請構造の中で就労する一人親方について特別加入の有無を確認しないまま現場に入場させ、被災後に労災保険給付を受けられないことが判明する例がある。第2条及び第7条のように、特別加入の確認を就労開始の条件とすることが有効である。第三に、労災保険給付と上乗せ補償及び損害賠償請求権との間の損益相殺の考え方が覚書上整理されておらず、被災者又は遺族に対する支払が重複し、又は逆に必要な支払が漏れる例がある。第6条第2項のように支払状況の相互共有と損益相殺の確認を条文化することが望ましい。個別の事案については専門家(弁護士等)に確認することが望ましい。

第4部: 使用前チェックリスト

  • [ ] 甲乙それぞれの労災保険の保険関係成立及び保険料納付状況を確認したか
  • [ ] 乙が使用する一人親方等について労働者災害補償保険法第34条の特別加入の有無を確認したか
  • [ ] 甲乙それぞれの法定外労災保険(上乗せ保険)の加入状況及び対象範囲を相互に開示したか
  • [ ] 上乗せ補償の対象となる損害の範囲(逸失利益・慰謝料等)を明確にしたか
  • [ ] 被災原因が元請の責めに帰すべき事由による場合の負担割合協議手続を定めたか
  • [ ] 求償関係及び損益相殺の考え方を条文化したか
  • [ ] 特別加入未確認の一人親方等を現場に従事させない運用になっているか
  • [ ] 被災者・遺族への対応窓口を着工前に定めたか
  • [ ] 保険金請求手続への協力内容を明記したか
  • [ ] 重層下請構造の下位の請負人にも本覚書の考え方を周知する手続を定めたか