契約終了時の顧客データの返還形式・移行支援・消去証明を定める覚書。個人情報保護法第22条の消去に係る努力義務と保存期間の取決めに対応する。
⚠ 本書式は弁護士監修前の草稿である。監修完了まで販売・配布・公開を禁止する。 本書式は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別・具体的な法律相談に代わるものではない。
SaaS解約・データ返還に関する覚書
第1部: 書式本文
第1条(前提) 甲(利用者)及び乙(提供者)は、【原契約名】に基づく【サービス名】の利用契約を【解約日】をもって終了させるにあたり、甲データの返還及び消去について本覚書のとおり合意する。
第2条(返還対象データの範囲) 返還の対象は、甲が本サービスに入力したデータ及び本サービスの利用を通じて生成された甲に帰属するデータ(以下「甲データ」という。)とし、乙が独自に生成した統計データ、ログその他乙に帰属する情報は含まない。
第3条(返還形式) 乙は、甲データを〔選択A: CSV形式/選択B: 乙所定のエクスポート機能による形式/選択C: API連携による形式〕により、解約日から【〇日】以内に甲に提供する。
第4条(移行支援) 乙は、甲が代替サービスへ移行するにあたり、データ構造に関する説明その他の合理的な範囲の技術的支援を行う。当該支援が別紙業務範囲を超える場合、甲乙協議のうえ有償対応とする。
第5条(消去の実施) 乙は、甲データの返還完了を確認した後【〇日】以内に、乙が保有する甲データ(バックアップデータを含む。)を消去する。個人情報保護法第22条は、個人データを利用する必要がなくなったときは遅滞なく消去するよう努める旨を定めており、乙はこれを踏まえて消去を実施する。
第6条(消去証明) 乙は、消去完了後、消去日及び消去範囲を記載した消去証明書を甲に交付する。
第7条(バックアップの保存期間) 乙は、システム運用上必要なバックアップについて、消去実施後も一定期間(【〇日】)保持することがあるが、当該期間経過後は完全に消去する。
第8条(法定保存義務の例外) 乙が法令に基づき甲データの一部を保存する義務を負う場合、乙は当該法令が定める保存期間に限り保存し、当該期間経過後速やかに消去する。
第9条(返還・消去に要する費用) 通常のデータ返還及び消去に要する費用は乙の負担とする。ただし、甲の特別な要望(特殊な形式でのエクスポート等)による追加費用は甲の負担とする。
第10条(返還完了後の清算) 甲及び乙は、データ返還及び消去の完了をもって、本サービスの利用契約に関する債権債務が清算されたことを確認する。ただし、秘密保持義務その他存続条項として定めた事項はこの限りでない。
第2部: 立場別・場面別の書き換えパターン
A. 提供者向け
A-1. 返還請求期間の限定
修正条文例:「甲は、解約日から【〇日】以内に限りデータの返還を請求できるものとし、当該期間を経過した場合、乙は甲データを消去することができる。」 一言解説: 解約後いつまでもデータ返還請求を受け付ける負担を避けるため、請求期間を限定する修正である。
A-2. 移行支援の範囲限定
修正条文例:「乙が提供する移行支援は、標準機能によるデータエクスポートの実施及びその操作説明に限るものとし、代替サービスへの実装作業は含まない。」 一言解説: 移行支援の範囲が無制限に広がることを防ぎ、提供者の追加コスト負担を限定する修正である。
B. 利用者向け
B-1. 返還データの完全性の確認
修正条文例:「甲は、返還されたデータについて完全性(欠落・破損の有無)を確認する期間を【〇日】設けるものとし、不備が判明した場合、乙は速やかに再提供する。」 一言解説: 返還されたデータに欠落や破損があった場合の是正手続を明記し、返還の実効性を担保する修正である。
B-2. 消去証明の粒度の強化
修正条文例:「消去証明書には、消去対象データの種類、消去方法(物理的破壊、論理的消去等)及び消去実施者を明記するものとする。」 一言解説: 消去証明の記載内容を具体化し、監査対応や取引先への説明に耐えうる証跡とする修正である。
第3部: 書き方と法的ポイント解説
使う場面/使ってはいけない場面 本書式は、SaaSの利用契約を解約するにあたり、利用者が入力・蓄積したデータの返還方法と、提供者側に残存するデータの消去について個別に取り決める場面で用いる。利用契約自体に返還・消去の手続が詳細に定められている場合は、屋上屋を架す必要はなく、契約書の当該条項を確認すれば足りる。本書式は、契約書に詳細な定めがない場合や、契約書の定めを解約時の個別事情に応じて具体化する場合に適する。
根拠法令 個人情報保護法第22条は、個人情報取扱事業者は、利用する必要がなくなったときは、当該個人データを遅滞なく消去するよう努めなければならない旨を定める(努力義務)。もっとも、令和2年改正以降、保有個人データの利用停止・消去請求権(同法第35条)が拡充されており、本人からの請求があった場合の対応も別途検討する必要がある。また、法令(電子帳簿保存法、会社法等)により一定期間の保存義務が課される情報が甲データに含まれる場合、乙は当該法定保存期間内は消去できない点に留意する必要がある。返還されるデータの形式についても、可搬性を欠く独自形式でのみ提供されると、実質的にデータ移行が困難となり、経済産業省の「クラウドサービス利用のための情報セキュリティマネジメントガイドライン」等が指摘するベンダーロックインの問題を生じさせる。
実務でよくある失敗と対策 第一に、データの返還形式を定めずに解約し、提供者独自の形式でしかデータを取得できず、代替サービスへの移行に多大な追加コストがかかる失敗がある。第3条のように返還形式をあらかじめ具体的に定めることが対策となる。第二に、消去証明書の発行を義務付けずに解約し、後日の監査で個人データの消去が適切に行われたことを証明できない失敗がある。第6条及びB-2のように消去証明の内容を具体化することが有効である。第三に、法定保存義務を負う情報の存在を見落とし、乙が全データを即時消去してしまい、後にユーザー側が必要な記録を取得できなくなる失敗がある。第8条のように法定保存義務がある場合の例外を明記する必要がある。
第四に、契約終了後の清算条項を広く定めすぎた結果、返還されたデータに欠落があった場合の再提供請求権まで消滅したと解釈され、利用者が泣き寝入りする失敗もある。第10条のように清算条項の対象から返還データの完全性に関する請求権を明示的に除外し、B-1のような是正手続と併せて手当てすることが望ましい。
データの保存期間や消去の実施方法は、対象データの性質及び適用される法令によって異なるため、個別事案は専門家に確認することが望ましい。
第4部: 使用前チェックリスト
- [ ] 返還対象データの範囲(甲データと乙固有情報の区別)を明確にしたか
- [ ] データの返還形式及び返還期限を具体的に定めたか
- [ ] 移行支援の範囲(無償/有償の切り分け)を定めたか
- [ ] 返還データの完全性確認及び不備時の再提供手続を定めたか
- [ ] 消去の実施時期及び消去証明書の交付を義務付けたか
- [ ] 消去証明書に記載すべき内容(消去方法、範囲、実施者)を具体化したか
- [ ] バックアップデータの保存期間及び完全消去までの流れを定めたか
- [ ] 法令に基づく保存義務がある情報について例外を設けたか
- [ ] 返還・消去に要する費用の負担を定めたか
- [ ] 返還・消去完了後の清算条項が他の存続条項と矛盾しないか確認したか