企画・要件定義・設計・実装を工程ごとに分けて契約する際の枠組み合意。経済産業省モデル取引・契約書の多段階契約方式と民法の請負・準委任の区分を整理。
⚠ 本書式は弁護士監修前の草稿である。監修完了まで販売・配布・公開を禁止する。 本書式は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別・具体的な法律相談に代わるものではない。
多段階契約に関する覚書
第1部: 書式本文
多段階契約に関する覚書
【委託者名】(以下「甲」という。)と【受託者名】(以下「乙」という。)は、甲が乙に委託するシステム開発業務(以下「本件開発」という。)を、企画・要件定義・外部設計・内部設計・実装及びテストの各工程(以下「各フェーズ」という。)に分割して段階的に契約を締結する方式(以下「多段階契約方式」という。)を採用するに当たり、以下のとおり覚書(以下「本覚書」という。)を締結する。
第1条(目的) 本覚書は、甲乙間で本件開発を多段階契約方式により進めるにあたっての基本的な枠組み、各フェーズの法的性質及び移行手続を定めることを目的とする。
第2条(工程の区分) 本件開発は、次の各フェーズに区分して実施する。 一 企画フェーズ(業務要求の整理及び実現可能性の検討) 二 要件定義フェーズ(【機能要件、非機能要件】の確定) 三 外部設計フェーズ(画面・帳票・外部インターフェースの設計) 四 内部設計フェーズ(プログラム構造・データベース設計) 五 実装及びテストフェーズ(プログラミング、単体・結合・総合テスト)
第3条(各フェーズの契約類型) 1 企画フェーズ及び要件定義フェーズは、甲の意思決定を支援する性質の業務であることから、民法第656条に定める準委任契約とし、乙は善良な管理者の注意をもって業務を遂行する義務を負うにとどまり、特定の成果物の完成を約するものではない。 2 外部設計フェーズ以降の各フェーズについては、原則として民法第632条に定める請負契約とし、乙は各フェーズごとに定める成果物を完成させる義務を負う。ただし、要件の変動が大きいと甲乙が合意した場合は、当該フェーズを準委任契約とすることを妨げない。 3 各フェーズの契約類型は、次条に定める個別契約において明記する。
第4条(個別契約の締結) 1 甲及び乙は、各フェーズの開始に先立ち、当該フェーズの業務内容、成果物、対価、履行期間及び契約類型を定めた個別契約(以下「個別契約」という。)を別途書面で締結する。 2 個別契約に定めのない事項については、本覚書の定めるところによる。 3 本覚書は、それ自体では特定フェーズの実施を甲乙に義務付けるものではなく、各フェーズの実施は個別契約の締結をもって確定する。
第5条(次フェーズへの移行判断) 1 各フェーズの終了に際し、甲及び乙は【原則として当該フェーズ終了予定日の10営業日前まで】に移行判定会議を開催し、当該フェーズの成果物が次フェーズの前提条件を満たしているかを確認する。 2 移行判定は、次の各号のいずれも満たすことを基準とする。 一 当該フェーズにおいて合意された成果物が引き渡され、甲による確認が完了していること 二 未解決の重要課題(以下「オープン課題」という。)について、次フェーズの遂行に支障がない範囲まで整理されていること 三 次フェーズの見積りが甲乙間で合意されていること 3 移行判定の結果、次フェーズに進まないと甲が判断した場合、甲は乙に対しその理由を書面で通知するものとする。
第6条(見積りの性質) 企画フェーズにおいて乙が提示する概算見積りは、その性質上、確定的な金額を保証するものではなく、要件定義フェーズ終了時に確定見積りへと改定されるものとする。
第7条(成果物の帰属) 各フェーズの成果物の著作権その他の知的財産権の帰属については、個別契約において別途定める。個別契約に定めがない場合、当該成果物の対価の支払完了時に甲に帰属するものとする。
第8条(多段階契約が不成立に終わった場合の清算) 1 いずれかのフェーズの終了後、甲乙間で次フェーズに関する個別契約が成立しなかった場合、本件開発はその時点までに履行が完了したフェーズをもって終了する。 2 前項の場合、甲は乙に対し、既に完了したフェーズの対価を個別契約の定めに従って支払うものとし、乙は甲に対しその時点までの成果物一式(議事録、設計書等の中間成果物を含む。)を引き渡す。 3 未完了フェーズの着手前に契約が不成立となった場合、甲は当該フェーズについて対価の支払義務を負わない。ただし、乙が既に着手した準備作業について甲乙間で別途合意した費用がある場合はこの限りでない。
第9条(秘密保持) 甲及び乙は、本覚書及び個別契約の履行を通じて知り得た相手方の秘密情報を、相手方の事前の書面による承諾なく第三者に開示又は漏えいしてはならない。本義務は本覚書終了後【2】年間存続する。
第10条(有効期間) 本覚書は、締結の日から【 】年間効力を有する。ただし、有効期間満了時に進行中の個別契約がある場合、当該個別契約が完了するまで本覚書の効力は存続する。
第11条(協議) 本覚書に定めのない事項又は解釈に疑義が生じた事項については、甲乙誠実に協議のうえ解決する。
以上、本覚書締結の証として本書2通を作成し、甲乙記名押印のうえ各自1通を保有する。
【 】年【 】月【 】日
甲(委託者) 住所: 名称: 代表者: 印
乙(受託者) 住所: 名称: 代表者: 印
第2部: 立場別・場面別の書き換えパターン
A. ユーザー向け(委託者側)の修正例
移行判定への拒否権強化 第5条第3項を次のように修正する。 「3 移行判定において、甲が成果物又はオープン課題の整理状況が不十分と判断した場合、甲は乙に対し是正を求めることができ、是正が完了するまで次フェーズに関する個別契約を締結しないことができる。」 一言解説:ベンダー側原案では判定基準が抽象的になりやすく、ユーザーが十分な検証なく次フェーズへ進まされるリスクがある。是正要求権を明記することで、拙速な移行を防止できる。
清算条項の限定 第8条第2項に次の一文を追加する。 「なお、甲は、引き渡された中間成果物が当該フェーズの対価に見合う完成度に達していないと判断する場合、対価の一部の支払を留保し、乙との協議による減額を求めることができる。」 一言解説:フェーズ未完了のまま契約が終了した場合でも全額支払義務を負わないよう、成果物の完成度に応じた調整余地を残す。
B. ベンダー向け(受託者側)の修正例
概算見積りの免責明確化 第6条を次のように修正する。 「企画フェーズにおいて乙が提示する概算見積りは、要件が確定していない段階での参考値であり、乙はこれに法的な拘束力を負わない。確定見積りは要件定義フェーズの完了後、別途書面により提示する。」 一言解説:ユーザー企業から企画段階の概算金額を後の請負代金の上限であるかのように主張されるトラブルが多い。参考値であることを明記し、確定見積りとの峻別を図る。
未合意時の着手費用回収 第8条第3項ただし書を次のように具体化する。 「乙が次フェーズの個別契約締結前に甲の指示により着手した準備作業については、甲は乙に対し実費相当額を支払う。」 一言解説:次フェーズの契約が未締結のまま口頭指示で作業が先行するケースに備え、実費精算の根拠を明記しておく。
第3部: 書き方と法的ポイント解説
この書式を使う場面・使ってはいけない場面 本覚書は、要件が流動的な開発案件において、企画段階から一括で請負契約を締結することのリスク(要件未確定のまま金額と納期を固定する危険)を回避するために用いる。逆に、要件がすでに確定しており、規模も小さい小規模改修案件では、多段階契約の管理コストがかえって過大になるため、単一の請負契約で足りる場合が多い。また、本覚書はあくまで枠組み合意であり、各フェーズの具体的な権利義務は個別契約に委ねる構造であるため、個別契約を作成せずに本覚書のみで発注する運用は避けるべきである。
根拠法令 経済産業省が公表する「情報システム・モデル取引・契約書」は、多段階契約方式を前提とし、企画・要件定義を準委任、設計・開発を請負とする整理を示している。法的には、成果物の完成を約する業務は民法第632条(請負)、業務遂行自体を目的とし善管注意義務を負うにとどまる業務は民法第656条(準委任、同法第644条準用)により規律される。フェーズの法的性質を誤って構成すると、瑕疵担保・契約不適合責任(民法第562条以下)の適用範囲や、履行割合に応じた報酬請求権(民法第648条第3項、第634条)の扱いに齟齬が生じる。
実務でよくある失敗と対策 第一に、要件定義フェーズの成果物を曖昧なまま次フェーズへ進めてしまい、後の設計・実装段階で「言った・言わない」の紛争になるケースが多い。第5条のように移行判定基準を明文化し、成果物の確認記録を残すことが対策となる。第二に、企画段階の概算見積りが独り歩きし、確定見積りとの差額を巡って紛争化するケースがある。第6条のように概算と確定の位置づけを分離して明記することが有効である。第三に、契約が途中で頓挫した際の清算方法を定めていないため、既履行部分の対価支払を巡って争いになるケースがある。第8条のような清算条項を必ず設けるべきである。
なお、案件の規模・取引実態によって適切な条項構成は異なるため、個別事案は専門家に確認のうえ最終化することが望ましい。
第4部: 使用前チェックリスト
- [ ] 各フェーズの区分(企画・要件定義・設計・実装等)が案件の実態に即して定義されているか
- [ ] 各フェーズの契約類型(請負か準委任か)が民法第632条・第656条を踏まえて適切に整理されているか
- [ ] 個別契約を別途締結する運用フローが社内で共有されているか
- [ ] 移行判定の基準及び手続(判定会議の開催時期、参加者)が明記されているか
- [ ] 移行しないと判断された場合の通知方法が定められているか
- [ ] 企画フェーズの概算見積りと確定見積りの法的性質の違いが明記されているか
- [ ] 成果物の知的財産権の帰属時期が明確か
- [ ] 契約が途中で不成立となった場合の清算方法(対価支払・成果物引渡し)が定められているか
- [ ] 秘密保持義務の存続期間が案件の機密性に見合っているか
- [ ] 本覚書と個別契約の優先関係(個別契約が優先する旨)が明記されているか
- [ ] 有効期間及び進行中の個別契約がある場合の扱いが定められているか