取引先や個人に金銭を貸し付けたものの、期日どおりに返済されず、分割払いへの切り替えなどで合意に至ることがある。このような場面で実務上広く用いられるのが、債務承認弁済契約書である。単なる支払猶予の口約束では、消滅時効の完成や、後日の「借りていない」といった主張を防ぐことが難しい。本記事では、債務承認弁済契約書の役割、消滅時効の更新(旧法下でいう時効の中断)との関係、分割弁済の合意方法、公正証書化のメリットを、債権回収の実務を担当する法務・経理担当者向けに整理する。
債務承認弁済契約書とは何か
債務承認弁済契約書は、債務者が債権者に対して負っている債務の存在を承認し、その弁済方法(一括か分割か、期限、振込先等)について合意する契約書である。「債務承認」と「弁済契約」という2つの要素が組み合わさった書面であり、次のような場面で作成されることが多い。
- 売掛金の回収が遅れており、取引先と分割払いで合意する場合
- 貸付金の返済が滞っている個人・法人との間で、返済スケジュールを再設定する場合
- 消滅時効の完成が近づいている債権について、時効の更新を図りたい場合
債務承認弁済契約書を作成する意義は、大きく分けて次の2点にある。第一に、債務者が債務の存在を明確に認めることで、後日「そのような債務は存在しない」といった争いを防ぐことができる。第二に、債務の承認は消滅時効の更新事由に該当するため、時効期間をリセットする効果が期待できる。
消滅時効の期間と更新の基本
民法166条1項は、債権の消滅時効について、次の2つの期間のいずれか早い方の経過によって完成すると定めている。
| 起算点 | 時効期間 |
|---|---|
| 債権者が権利を行使することができることを知った時(主観的起算点) | 5年 |
| 権利を行使することができる時(客観的起算点) | 10年 |
多くの金銭債権では、債権者は弁済期の到来を認識しているのが通常であるため、実務上は主観的起算点からの5年で時効が完成するケースが多いと考えられる。時効が完成し、債務者が時効を援用すると、債権者は債権を回収できなくなるおそれがある。
民法152条1項は、債務者が債務の存在を承認したときは、その時から新たに時効の進行が始まる(時効の更新)と定めている。債務承認弁済契約書において債務者が債務の存在を承認する条項を設けることで、契約締結時点を起算点として、消滅時効の期間が改めて進行を始めることになる。これにより、時効完成が間近に迫っていた債権についても、時効の完成を防ぐ効果が期待できる。
なお、時効の完成猶予事由(催告、協議を行う旨の合意等)と更新事由(承認、確定判決等)は法的効果が異なる。完成猶予は一定期間時効の完成を先延ばしにするにとどまるのに対し、更新は時効期間そのものをリセットする点で効果が大きい。債務承認は更新事由に該当するため、時効管理の観点からも重要な意味を持つ。
分割弁済の合意で定めるべき事項
分割弁済契約を締結する際は、次の事項を具体的に定めることが一般的である。
- 承認する債務の元本額、発生原因(いつの取引・貸付か)、遅延損害金の有無・利率
- 分割弁済の回数、各回の弁済額、弁済期日(第1回の期日、以後毎月何日か等)
- 振込先口座、振込手数料の負担者
- 期限の利益喪失条項(1回でも支払を怠った場合に残額を一括請求できる旨)
- 遅延損害金の利率(法定利率年3%〈変動制〉を参考にするか、契約で別途定めるか)
このうち、期限の利益喪失条項は特に重要である。この条項がないと、債務者が分割弁済を怠っても、契約上定めた各回の期日が到来するまで残額を一括請求できず、都度催告を要する事態になりかねない。
公正証書化、特に執行認諾文言付き公正証書のメリット
債務承認弁済契約書は私文書のままでも法的な効力を有すると考えられるが、債務者が合意どおりに弁済しない場合、私文書のままでは直ちに強制執行をすることができない。この点を補うのが、執行認諾文言付き公正証書である。
執行認諾文言とは、「債務者は、本契約に基づく金銭債務を履行しないときは、直ちに強制執行に服する旨を陳述した」といった文言であり、これを付した公正証書は、金銭の一定額の支払を目的とする債務について、それ自体が債務名義となる(民事執行法22条5号)。これにより、債務者が弁済を怠った場合、訴訟提起・判決取得といった手続を経ずに、給与や預金口座等の差押えを申し立てることが可能になる。
執行認諾文言付き公正証書化のメリットを整理すると、次のとおりである。
| 項目 | 私文書の契約書 | 執行認諾文言付き公正証書 |
|---|---|---|
| 強制執行の可否 | 不可(別途訴訟提起が必要) | 可能(債務名義として直ちに執行可能) |
| 作成手続 | 当事者間で作成可能 | 公証役場で公証人が作成 |
| 費用 | 比較的低廉 | 公証人手数料が発生(債権額に応じて変動) |
| 証明力・保管 | 当事者が原本を保管 | 原本は公証役場に保管され、紛失リスクが低い |
公正証書の作成には、原則として債権者・債務者双方(または代理人)が公証役場に赴く必要があり、公証人手数料は債権額に応じて段階的に定められている。分割弁済額が高額である場合や、債務者の資力に不安がある場合には、公正証書化によって履行確保の実効性を高めることを検討する価値があると考えられる。
債務承認弁済契約書作成の実務手順
一般的な作成手順は次のとおりである。
- 対象となる債務の内容(発生原因、金額、既払額、残額)を確認・整理する
- 債務者との間で、分割弁済の可否・回数・金額について協議する
- 承認条項、弁済条項、期限の利益喪失条項等を盛り込んだ契約書案を作成する
- 双方が記名押印(または署名)する
- 必要に応じて公証役場に赴き、執行認諾文言付き公正証書を作成する
よくある失敗パターン
債務承認弁済契約書の作成・運用をめぐっては、次のような失敗が実務上しばしば見られる。
- 消滅時効の完成が迫っていることに気づかず、承認を得ないまま放置し、時効が完成して回収不能になった
- 期限の利益喪失条項を定めておらず、債務者が支払を怠っても各回の期日ごとにしか請求できなかった
- 私文書のままで済ませてしまい、債務者が弁済を怠った際に改めて訴訟を提起せざるを得なくなった
- 遅延損害金の利率を明記しておらず、後日の請求額の算定でトラブルになった
- 債務者本人ではなく、権限のない第三者(家族等)に署名させてしまい、承認の効力が争われた
よくある質問(FAQ)
Q1. 債務承認弁済契約を結べば、時効は完全に止まりますか。
債務者が債務の存在を承認すると、民法152条により、その時点から新たに時効期間の進行が始まる(時効の更新)と考えられている。ただし、更新後も改めて時効期間(原則5年または10年)が進行するため、「完全に時効が止まる」わけではなく、更新後の期間内に改めて時効管理を行う必要がある。
Q2. 公正証書にしなくても、債務承認弁済契約書には効力がありますか。
私文書としての債務承認弁済契約書であっても、当事者間の合意として法的な効力を有すると考えられる。ただし、債務者が弁済を怠った場合に直ちに強制執行をすることはできず、改めて訴訟提起等の手続を要する。強制執行までを見据える場合は、執行認諾文言付き公正証書化を検討する意義があると考えられる。
Q3. 債務者が分割弁済の途中で支払を怠った場合、どう対応すればよいですか。
期限の利益喪失条項を定めていれば、一定の要件(1回でも支払を怠った場合等)を満たすことで、残債務の一括請求が可能になると考えられる。公正証書化しており執行認諾文言が付されている場合は、訴訟を経ずに強制執行の申立てができる場合がある。督促の方法や執行手続の進め方は事案によって異なるため、弁護士等の専門家に相談することが望ましい。
まとめ
債務承認弁済契約書を作成する際は、次の点を押さえておきたい。
- 債務の承認は消滅時効の更新事由(民法152条)に該当し、時効管理の観点からも重要な意味を持つ
- 消滅時効は原則として主観的起算点から5年、客観的起算点から10年で完成する(民法166条)
- 分割弁済の合意には、期限の利益喪失条項を必ず盛り込む
- 履行確保の実効性を高めるには、執行認諾文言付き公正証書化を検討する
債務承認弁済契約書を作成する際は、債務承認弁済契約書テンプレートも参考になる。
本記事は一般的な情報提供を目的として作成されたものであり、個別・具体的な法律相談に代わるものではありません。本記事の内容は執筆・更新時点の法令・裁判例等に基づいており、その後の法改正等により内容が現状と異なる場合があります。本記事の内容に基づいて行った行為の結果について、株式会社リーガリスト(以下「当社」)および監修者は一切の責任を負いかねます。個別の事案については、必ず弁護士等の専門家にご相談ください。
[要確認事項] - 民法166条・152条および民事執行法22条5号の記載内容の正確性について要確認。 - 公証人手数料の算定基準・目安額に関する記載を追加する場合は、最新の手数料令に基づく数値を監修者確認の上で反映する必要がある。