運送・物流業界は、トラックドライバーの時間外労働の上限規制の適用開始(いわゆる「2024年問題」)や燃料費の高騰、荷主優位の取引慣行など、構造的な課題を抱えている。運送事業者が適切に事業を継続していくためには、標準運送約款にもとづく契約実務の理解、荷待ち時間・附帯業務の取扱いを含めた荷主との契約整備、そして働き方改革関連法への対応を一体として進める必要がある。本記事では、運送・物流業に携わる事業者が押さえておくべき法務のポイントを整理する。
標準運送約款とは何か
標準運送約款は、国土交通省が示すモデル約款であり、多くの運送事業者がこれをベースに自社の運送約款を定めている。標準運送約款には、運送責任の範囲、損害賠償額の算定方法、運送引受けの拒絶事由などが定められており、個別の運送契約書に詳細な取り決めがない場合の補完的なルールとして機能する。
標準運送約款で特に押さえておきたいポイントは次のとおりである。
| 項目 | 一般的な取扱いの例 |
|---|---|
| 損害賠償の範囲 | 運送人の故意・過失による滅失・毀損・延着について賠償責任を負う旨 |
| 高価品の特則 | 貴金属・美術品等の高価品について、荷送人が種類・価額を通知しなかった場合の免責 |
| 責任限度額 | 運送品の種類・重量等に応じた責任限度額を定める例がある |
| 引受けの拒絶 | 危険物や運送に適さない荷物について引受けを拒絶できる事由 |
自社で運送約款を作成する場合、標準運送約款をベースとしつつ、自社の事業実態(取扱品目、配送エリア、附帯業務の内容等)に応じたカスタマイズを行うことが一般的である。約款の内容が荷主にとって不利に見える場合、個別契約との整合性を確認しておく必要がある。
いわゆる「2024年問題」とドライバーの労働時間管理
働き方改革関連法による時間外労働の上限規制は、自動車運転の業務についても適用が猶予されていたが、猶予期間が終了し、罰則付きの上限規制(原則として年960時間)が適用されている。あわせて、改善基準告示(自動車運転者の労働時間等の改善のための基準)により、拘束時間・休息期間・運転時間等について、業種別の基準が定められている。
運送事業者としては、次のような対応が求められる。
- ドライバーごとの労働時間・拘束時間の正確な把握(デジタルタコグラフ等の活用)
- 改善基準告示に定める拘束時間・休息期間の遵守状況の点検
- 荷待ち時間の削減に向けた荷主との調整(附帯業務の対価収受を含む)
- 運行計画の見直し(中継輸送、共同配送の活用等)
- 運賃・料金への影響を踏まえた荷主との価格交渉
改善基準告示に違反する運行が常態化していると認められる場合、労働基準監督署からの指導や、貨物自動車運送事業法にもとづく行政処分(車両停止処分等)の対象となる可能性がある。ドライバーの労働時間管理は、法令遵守のみならず、重大事故の防止という観点からも重要な経営課題である。
荷主との運送委託契約で確認すべき事項
運送事業者と荷主との間の運送委託契約においては、次のような事項を明確にしておくことが望ましい。
- 運賃・料金の算定方法(距離制、時間制、重量制等)と改定手続
- 待機時間・附帯業務(荷役、検品等)の対価の取扱い
- 燃料サーチャージの導入・改定条件
- 事故・遅延発生時の責任分担
- 契約期間、運賃改定の協議手続、解約予告期間
特に荷待ち時間や附帯業務については、実際の作業が発生しているにもかかわらず契約上の対価が明確化されていないケースが少なくない。国土交通省は、荷主・元請運送事業者が下請運送事業者に対して行う取引について、書面による契約締結や、荷待ち時間等の記録・対価収受を求めるガイドラインを示しており、これらを踏まえた契約実務の見直しが求められている。
下請・傭車利用における注意点
運送事業者が他の運送事業者(下請・傭車)に運送業務を再委託する場合、下請法(下請代金支払遅延等防止法)が適用される場合があることに注意が必要である。資本金区分等の要件に該当する場合、下請代金の支払期日(給付を受領した日から起算して60日以内が原則とされる)や、書面交付義務、不当な減額の禁止などの規制が及ぶ可能性がある。
また、実運送事業者が明確になるよう、運送契約の多重下請構造を適正化する取り組み(実運送体制管理簿の作成等)も進められており、元請事業者としての管理体制の整備が求められている。
よくある失敗パターン
- 荷主との契約書に運賃改定の協議条項がなく、燃料費高騰時に価格転嫁の交渉が難航した
- 荷待ち時間が慢性的に発生していたが、契約上の対価が定められておらず、ドライバーの拘束時間だけが増加していた
- 改善基準告示の内容を十分に把握しないまま運行計画を組んでいたため、休息期間不足が常態化していた
- 標準運送約款をそのまま使用していたが、自社の取扱品目(精密機器等)に応じた免責事項の追加を怠り、事故発生時の賠償範囲をめぐって争いになった
- 下請事業者への支払いが慣行的に遅延しており、下請法上の支払期日規制との関係が問題となった
運送事業者が活用できる制度・支援策
2024年問題への対応として、国や業界団体はいくつかの支援策・制度を用意している。運送事業者が検討し得る主な選択肢は次のとおりである。
| 制度・取り組み | 概要 |
|---|---|
| 標準的な運賃制度 | 国土交通省が告示する標準的な運賃を参考に、適正な運賃水準を荷主との交渉材料とする |
| 中継輸送・共同輸送 | 長距離輸送を複数の事業者で分担し、1人あたりの拘束時間を短縮する |
| モーダルシフト | 鉄道・海運等、トラック輸送以外の輸送手段への転換 |
| 労働時間管理システムの導入補助 | デジタルタコグラフ・運行管理システム導入に対する各種補助金の活用 |
標準的な運賃制度は、あくまで参考指標であり法的な強制力を持つものではないが、荷主との運賃交渉において、根拠のある水準として提示する際の材料として活用されている。
荷主側の協力義務との関係
改正貨物自動車運送事業法では、荷主に対しても、運送事業者の法令遵守を阻害するような行為(恒常的な長時間の荷待ち発生、無理な運行スケジュールの強要等)を行わないよう努める規定が設けられており、悪質な事案については国土交通大臣による荷主への働きかけ・要請、勧告・公表といった措置の対象となり得る。運送事業者としては、荷待ち時間の記録を残し、改善が見られない荷主に対しては、必要に応じて国土交通省の窓口(各地方運輸局に設置される「トラガール相談窓口」等の関連窓口を含む)への相談も選択肢となり得る。
事故発生時の対応と保険の見直し
過労運転や急な運行スケジュールの影響もあり、運送事業は事故リスクが相対的に高い業種とされる。事故発生時には、被害者対応、荷主への報告、運行管理者による原因究明、行政への報告(重大事故の場合の国土交通省への速報等)を速やかに行う必要がある。あわせて、対人・対物賠償の限度額や、貨物保険の付保状況を定期的に見直し、事業規模の拡大や取扱品目の変化に対応した保険設計になっているかを確認しておくことも重要である。
よくある質問
Q. 荷待ち時間の対価を荷主に請求することはできますか。
契約書に荷待ち時間の対価に関する定めがある場合は、その定めに従って請求することができる。定めがない場合でも、実態として発生している荷待ち時間の記録を残し、荷主との協議によって対価の収受を求めることは可能である。国土交通省のガイドライン等も踏まえ、契約書への明記を進めることが望ましい。
Q. 改善基準告示に違反した場合、どのようなリスクがありますか。
改善基準告示違反が確認された場合、労働基準監督署による指導・是正勧告の対象となるほか、重大・悪質な事案では貨物自動車運送事業法にもとづく行政処分(車両停止処分等)につながるおそれがある。また、拘束時間や休息期間の不足は、過労運転による重大事故のリスクを高める要因ともなるため、法令遵守にとどまらず安全管理の観点からも改善が求められる。
Q. 運送中に事故で荷物が破損した場合、賠償額はどのように決まりますか。
契約書や運送約款に責任限度額や免責事項の定めがある場合は、その内容に従って賠償の範囲が判断されることが多い。高価品について荷送人が事前に種類・価額を通知していなかった場合には、免責される場合があるなど、個別の事情によって結論が異なり得る。具体的な賠償額の算定や責任の所在について争いがある場合は、契約内容を確認したうえで弁護士等の専門家に相談することが望ましい。
まとめ
運送・物流業の法務対応は、標準運送約款を踏まえた契約実務の整備、改善基準告示・上限規制を踏まえたドライバーの労働時間管理、そして荷主・下請事業者との適正な取引関係の構築という3つの柱で捉えると実務上整理しやすい。2024年問題への対応は、法令遵守だけでなく、運賃交渉や業務プロセスの見直しを伴う経営課題でもあるため、社内体制の整備とあわせて、必要に応じて弁護士・社会保険労務士等の専門家に相談することが望ましい。
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