海外企業と物品の売買契約を結ぶ際、「準拠法は日本法」と定めれば日本の民法・商法で判断されると考えるのが自然である。しかし、日本は2009年から「国際物品売買契約に関する国際連合条約」(ウィーン売買条約・CISG)の締約国であり、一定の要件を満たす国際売買契約には、当事者が意識していなくてもCISGが日本法の一部として自動的に適用される。CISGは日本民法と異なるルールを含むため、知らないまま契約すると想定外の結果になり得る。本記事では、CISGの適用要件、日本法との主な違い、排除条項の書き方を解説する。

CISGとは何か

CISGは、国際的な物品売買契約の成立と、売主・買主の権利義務を統一的に規律する条約である。1980年に採択され、日本では2009年8月1日に発効した。米国、中国、ドイツ、フランス、韓国、シンガポールなど主要な貿易相手国の多くが締約国であり、締約国数は90を超える。一方、英国、インド、香港などは締約国ではない。

CISGが規律するのは、契約の成立(申込みと承諾)と、売買契約から生じる当事者の権利義務である。契約の有効性、所有権の移転、製造物責任などは対象外であり、これらは国内法によって判断される。

CISGが適用される要件

CISGは、次のいずれかの場合に適用される(CISG第1条第1項)。

  • (a) 売主と買主の営業所が異なる締約国にある場合
  • (b) 国際私法の規則により締約国の法が適用される場合

(a)により、日本企業と中国企業、日本企業と米国企業の売買契約には、準拠法の定めがなくてもCISGが直接適用される。(b)により、相手方が非締約国(英国など)の企業であっても、準拠法が日本法と定められていればCISGが適用され得る。

ただし、次の売買にはCISGは適用されない(第2条・第3条)。

  • 個人用・家庭用の消費者向け売買
  • 競売、強制執行による売買
  • 有価証券、通貨の売買
  • 船舶、航空機の売買
  • 電気の売買
  • 労務・サービスの提供が主要部分を占める契約

「日本法を準拠法とする」だけでは排除されない

CISGは日本が批准した条約であり、日本法の一部を構成する。そのため、「本契約の準拠法は日本法とする」と定めても、CISGは日本法の一部として適用される。CISGを排除して日本民法・商法のみを適用させたい場合は、CISG第6条に基づき、排除の意思を明示する必要がある。

排除条項の記載例:

「本契約には、国際物品売買契約に関する国際連合条約(ウィーン売買条約)は適用されない。」

英文契約では「The United Nations Convention on Contracts for the International Sale of Goods shall not apply to this Agreement.」といった文言が一般的である。準拠法条項と同じ条項内に置くことが多い。

CISGと日本民法の主な違い

CISGを適用するか排除するかを判断するには、日本民法との違いを理解しておく必要がある。

項目 CISG 日本民法・商法
契約の方式 方式自由(第11条)。口頭・電子メールでも成立 原則方式自由
申込みの撤回 承諾の発信前なら原則撤回可能(第16条) 承諾期間を定めた申込みは撤回不可(民法第523条)
契約解除の要件 「重大な契約違反」が必要(第25条・第49条・第64条) 催告解除・無催告解除の枠組み(民法第541条・第542条)
買主の検査・通知義務 合理的期間内に検査し、不適合発見から合理的期間内に通知。引渡しから2年で失権(第38条・第39条) 商人間売買は遅滞なく検査し直ちに通知(商法第526条)
損害賠償の範囲 契約締結時に予見可能だった損害(第74条) 通常損害+予見可能な特別損害(民法第416条)
不可抗力 制御不能な障害による不履行は免責(第79条) 帰責事由がなければ損害賠償責任なし(民法第415条)
履行請求 原則として履行請求可能だが、裁判所が自国法上認めない場合は不要(第28条) 履行請求可能

重大な契約違反の要件

CISGでは、契約を解除するには「重大な契約違反」(fundamental breach)が必要であり、軽微な不適合では解除できない。日本民法の催告解除に比べ、解除のハードルが高いと評価されることが多い。買主として解除権を確保したい場合は、CISGを排除するか、契約書で解除事由を具体的に定めておく必要がある。

検査・通知義務の2年制限

CISG第39条第2項は、買主が引渡しから2年以内に不適合を通知しなければ、不適合を主張する権利を失うと定めている。この期間は契約で変更できる。売主にとっては責任期間が明確になる一方、買主にとっては長期使用後に発覚する欠陥について主張できなくなるリスクがある。

CISGを適用するか排除するかの判断

CISGを排除するのが常に正解とは限らない。次のような観点で判断することが望ましい。

  • 相手方の準拠法への抵抗: 相手方が日本法を嫌う場合、中立的な統一法であるCISGは合意しやすい
  • 自社の立場: 売主の立場では、解除のハードルが高いCISGは有利に働く場面がある
  • 相手国の法制度: 相手国法が不透明な場合、CISGのほうが予測可能性が高い
  • 契約書の詳細度: 契約書で権利義務を詳細に定めていれば、CISGと国内法の差は小さくなる

いずれの場合でも、CISGを適用するか排除するかを契約書に明示し、「意図せず適用される」状態を避けることが重要である。

よくある失敗例

  • 準拠法を日本法と定めたことで安心し、CISGが適用されることに気づかないまま紛争になる
  • 排除条項の文言が曖昧で、CISGを排除したかどうか自体が争点になる
  • 検査・通知の期限を契約書で定めず、CISGの「合理的期間」の解釈で争いになる
  • 「重大な契約違反」の要件を知らずに軽微な不適合で解除を通知し、解除が無効とされる
  • 相手方が非締約国の企業だからCISGは無関係と考え、準拠法が日本法である場合の適用(第1条第1項(b))を見落とす

よくある質問(FAQ)

Q1. 相手方が中国企業の場合、CISGは適用されますか。

中国はCISGの締約国であり、日本企業と中国企業の物品売買契約には、当事者の営業所が異なる締約国にあるとして、準拠法の合意の有無にかかわらずCISGが適用される。排除したい場合は明示的な排除条項が必要である。

Q2. CISGは製造委託契約(OEM契約)にも適用されますか。

CISG第3条は、製造・生産すべき物品の供給契約も売買とみなす一方、注文者が材料の実質的部分を供給する場合や、労務・サービスの提供が主要部分を占める場合は適用対象外としている。OEM契約への適用可否は契約内容によるため、適用の有無を契約書で明示しておくことが望ましい。

Q3. CISGを排除した場合、契約の解釈はどの法律によりますか。

準拠法条項で定めた国の国内法(日本法であれば民法・商法)が適用される。CISGを排除する場合は、準拠法条項と排除条項をセットで置く必要がある。

まとめ

CISGは、国際物品売買契約に「知らないうちに」適用される可能性がある条約である。

  • 営業所が異なる締約国にある当事者間の物品売買には、CISGが自動的に適用される
  • 「準拠法は日本法」と定めるだけではCISGは排除されない。明示的な排除条項が必要である
  • 契約解除の要件、検査・通知義務、損害賠償の範囲などで日本民法と違いがある
  • 排除が常に正解ではなく、自社の立場と相手方との交渉状況で判断する
  • 適用・排除のいずれにせよ、契約書に明示する

契約書を作成する際は、CISG排除条項を含む輸出売買基本契約書テンプレート個別売買契約書(インコタームズ対応)テンプレート準拠法・裁判管轄合意書テンプレートも参考になる。準拠法と紛争解決条項の全体像は関連記事「国際契約の準拠法と紛争解決条項」を参照されたい。

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[要確認事項] - CISG締約国数(90超)および英国・インド・香港の非締約状況は執筆時点の情報であり、最新の締約状況を確認すること。 - 民法第523条(承諾期間の定めのある申込み)の条文番号は2020年改正民法で確認が必要。 - CISG各条文番号(第1条・第2条・第3条・第6条・第11条・第16条・第25条・第28条・第38条・第39条・第49条・第64条・第74条・第79条)の内容と対応を監修者が照合すること。