海外企業との契約書で、準拠法条項と紛争解決条項は「最後のページにある定型文」として軽視されがちである。しかし、相手方が代金を支払わない、納品物に欠陥があるといったトラブルが起きたとき、どの国の法律で判断され、どこで争うかは、回収の可否を左右する。日本の裁判所で勝訴判決を得ても、相手国で執行できなければ意味がない。本記事では、国際契約における準拠法と紛争解決条項の考え方と、条項設計の実務を整理する。

準拠法とは何か

準拠法とは、契約の成立・効力・解釈・履行などを判断する際に適用される法律である。国際契約では、当事者がどの国の法律を準拠法とするかを合意で定めるのが一般的であり、日本の「法の適用に関する通則法」第7条もこの当事者自治を認めている。

準拠法の合意がない場合、通則法第8条により「最も密接な関係がある地の法」が適用される。売買契約であれば、特徴的な給付を行う当事者(売主)の常居所地法が推定される。ただし、相手国の裁判所で争う場合はその国の国際私法が適用されるため、合意がないと予測可能性が著しく下がる。

準拠法を選ぶ際の考え方

自社(日本企業)にとっては日本法が最も分かりやすいが、相手方が同意しない場合は、次のような選択肢がある。

  • 第三国法(英国法、シンガポール法、ニューヨーク州法等): 国際取引で実績が多く中立的とされる
  • 相手国法: 相手国で執行する場面が多い場合は、かえって有利になることもある
  • 準拠法と紛争解決地を分ける: 準拠法は日本法、仲裁地はシンガポールといった組合せも可能

なお、日本法を準拠法とする場合、国際物品売買契約に関する国際連合条約(ウィーン売買条約・CISG)が日本法の一部として適用される点に注意が必要である。CISGの適用を望まない場合は、その旨を明記する必要がある。

紛争解決手段の選択: 裁判か仲裁か

紛争解決の方法は、大きく「裁判」と「仲裁」に分かれる。

項目 裁判(裁判管轄合意) 仲裁(仲裁合意)
判断者 国家の裁判所 当事者が選んだ仲裁人
手続の公開 原則公開 原則非公開
上訴 可能(三審制) 原則不可(一審制)
外国での執行 相手国との相互保証等が必要 ニューヨーク条約締約国で執行可能
費用 訴額に応じた手数料 仲裁機関の管理費用+仲裁人報酬(高額になりやすい)
期間 上訴を含めると長期化しやすい 一審制のため比較的短い

外国判決の執行という壁

日本の裁判所で勝訴しても、相手方の財産が海外にある場合、その国で判決を承認・執行してもらう必要がある。日本の民事訴訟法第118条は外国判決の承認要件として「相互の保証」を求めており、相手国も同様の要件を課すことが多い。相互保証が認められない国との間では、判決の執行が事実上困難になる。実務上、中国の裁判所は日本の判決を承認しない扱いが続いており、日本の裁判所も中国判決について相互保証を否定した裁判例があるとされる。

仲裁が国際契約で選ばれる理由

仲裁判断は、「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約」(ニューヨーク条約)により、170を超える締約国で承認・執行が可能である。中国、米国、EU各国、東南アジア諸国の多くが締約国であり、外国判決よりも執行可能性が高い。これが国際契約で仲裁条項が多用される最大の理由である。

仲裁条項の設計

仲裁条項には、最低限次の要素を盛り込む必要がある。

  1. 仲裁に付託する旨: 「本契約に関連する一切の紛争は仲裁により最終的に解決する」
  2. 仲裁機関: 日本商事仲裁協会(JCAA)、シンガポール国際仲裁センター(SIAC)、国際商業会議所(ICC)、香港国際仲裁センター(HKIAC)等
  3. 仲裁地: 仲裁手続の法的な本拠地。手続法と取消訴訟の管轄を決める
  4. 仲裁規則: 通常は仲裁機関の規則を指定する
  5. 仲裁人の数: 1人または3人
  6. 仲裁言語: 英語か日本語か

各仲裁機関はモデル条項を公開しており、これをベースに修正するのが確実である。独自の文言で条項を作ると、仲裁機関の特定が曖昧になる等の「病理的仲裁条項」となり、仲裁自体が成立しないリスクがある。

仲裁地の選び方

仲裁地は、単なる審理の場所ではなく、仲裁手続に適用される法律と、仲裁判断の取消訴訟を扱う裁判所を決める重要な要素である。日本を仲裁地とすれば日本の仲裁法が適用される。日本の仲裁法は2023年に改正され、2024年4月から暫定保全措置の執行制度等が整備されている。相手方が日本を受け入れない場合、シンガポールや香港が中立的な仲裁地として選ばれることが多い。

裁判管轄合意を選ぶ場合の注意点

相手方の財産が日本国内にある場合や、相手国と執行の相互保証がある場合は、裁判管轄合意も選択肢になる。日本の民事訴訟法第3条の7は、国際裁判管轄の合意を書面で行うことを求めている。専属的管轄とするか、非専属的とするかも明記することが望ましい。

よくある失敗例

  • 準拠法条項も紛争解決条項も置かず、トラブル時にどこで争うかから交渉が始まる
  • 「東京地方裁判所を専属管轄とする」と定めたが、相手方の財産が日本になく判決を執行できない
  • 仲裁条項に仲裁機関名を誤記し、仲裁合意の有効性自体が争われる
  • 日本法を準拠法としたことでCISGが適用され、想定と異なるルールで判断される
  • 仲裁費用の高さを考慮せず、少額取引にICC仲裁を指定する

よくある質問(FAQ)

Q1. 相手方が自国の裁判所を管轄とすることを譲らない場合、どうすればよいですか。

裁判管轄で折り合わない場合、仲裁を提案することが一つの方法である。仲裁であれば、相手国でも仲裁地を第三国とすることで中立性を確保でき、ニューヨーク条約による執行も期待できる。「被告地主義」(訴える側が相手の国で提訴する)という妥協案もある。

Q2. 仲裁は費用が高いと聞きますが、少額の取引でも使えますか。

仲裁機関によっては簡易手続や少額紛争向けの規則が用意されている。JCAAには迅速仲裁手続があり、一定額以下の請求について費用と期間を抑えた手続が利用できる。取引規模に応じて、仲裁機関と手続の種類を選ぶことが望ましい。

Q3. 準拠法を日本法にすれば、日本の裁判所で裁判できますか。

準拠法と裁判管轄は別の問題である。準拠法を日本法としても、裁判管轄の合意がなければ、日本の裁判所に管轄があるかは民事訴訟法の国際裁判管轄の規定に従って判断される。両方を明示的に定めておく必要がある。

まとめ

準拠法条項と紛争解決条項は、トラブル時の回収可能性を左右する実質的な条項である。

  • 準拠法は当事者の合意で定められ、合意がなければ最密接関係地法が適用される
  • 日本法を準拠法とするとCISGが適用されるため、排除するか否かを明示する
  • 外国判決の執行には相互保証等の壁があり、仲裁判断はニューヨーク条約で広く執行可能である
  • 仲裁条項は仲裁機関のモデル条項をベースにし、仲裁地・規則・人数・言語を明記する
  • 準拠法と裁判管轄は別の問題であり、両方を定める

条項を作成する際は、準拠法・裁判管轄合意書テンプレート国際仲裁合意書テンプレート、これらを組み込んだ輸出売買基本契約書テンプレートも参考になる。CISGの詳細は関連記事「ウィーン売買条約(CISG)の適用と排除条項」を参照されたい。

本記事は一般的な情報提供を目的として作成されたものであり、個別・具体的な法律相談に代わるものではありません。本記事の内容は執筆・更新時点の法令・裁判例等に基づいており、その後の法改正等により内容が現状と異なる場合があります。本記事の内容に基づいて行った行為の結果について、株式会社リーガリスト(以下「当社」)および監修者は一切の責任を負いかねます。個別の事案については、必ず弁護士等の専門家にご相談ください。

[要確認事項] - ニューヨーク条約締約国数(170超)は執筆時点の数値であり、最新の締約状況を確認すること。 - 日中間の判決相互承認に関する裁判例の記載は、監修者による事実確認が必要。 - 仲裁法改正(2023年改正・2024年4月施行)の内容と施行日を条文で確認すること。 - JCAA迅速仲裁手続の対象金額は最新の規則で確認が必要。