新卒採用・中途採用を問わず、企業が内定を出した後になって、経営状況の悪化や採用選考時には把握できなかった事情が判明し、内定取消しを検討せざるを得ない場面がある。しかし、内定は単なる予約や口約束ではなく、法的には労働契約の一種として扱われる可能性が高いとされており、内定取消しを安易に行うと、無効と判断され、損害賠償責任を負うリスクがある。本記事では、内定の法的性質に関する判例の考え方を踏まえつつ、内定取消しの有効性が問題となる場面での判断枠組みと、実務上の留意点を整理する。人事・採用担当者、経営者を主な読者として想定している。
内定の法的性質をどう理解するか
内定という言葉は日常的に使われるが、その法的な意味は一様ではない。採用選考プロセスの中で、企業が応募者に対して内定通知を出し、応募者がこれに対して入社の意思を示す誓約書等を提出するという一連のやり取りが、労働契約の成立時期としてどう評価されるかが問題になる。
この点について、最高裁判例(大日本印刷事件、昭和54年判決とされる)が、新卒採用における内定の法的性質について「始期付解約権留保付労働契約」という考え方を示したとされている。これは、内定の時点で労働契約自体はすでに成立しており、就労の開始時期が入社日に設定されている(始期付き)とともに、一定の事由が生じた場合には企業側が契約を解約できる権利を留保している(解約権留保付き)という理解である。この判例はあくまで当該事案の具体的な事実関係を前提とした個別の判断であり、すべての内定にそのまま同じ結論が当てはまるとは限らない点には注意が必要だが、内定の法的性質を考えるうえで広く参照されている考え方として紹介されることが多い。
この考え方を前提とすると、内定通知の時点で労働契約が成立していることになるため、企業が内定を取り消す行為は、法的には契約の解約、すなわち解雇に類似する行為として位置づけられる可能性がある。単なる「まだ契約になっていないものを取りやめる」行為ではなく、すでに成立した契約関係を一方的に終了させる行為として、相応の規制を受けると理解されている点が実務上のポイントである。
内定取消しが有効と判断される場合の判断枠組み
内定取消しの有効性については、解約権留保の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認できるものに限られる、という判断枠組みが紹介されることが多い。これは、通常の解雇に適用される労働契約法16条の解雇権濫用法理と類似した考え方であり、内定取消しであっても、企業が一方的に自由に行えるものではないことを意味する。
具体的には、内定取消しの理由が、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる、という枠組みが用いられる傾向がある。この枠組みのもとでは、企業が採用選考の段階で通常の注意を払えば知り得たはずの事情を理由に内定を取り消すことは、正当化されにくいと考えられている。
内定取消しが問題になりやすい事例の傾向
内定取消しをめぐる紛争は、取消しの理由によって、有効性が認められやすいかどうかの傾向が異なるとされる。もっとも、以下はあくまで一般的な傾向の整理であり、個別の事案ごとに結論が変わり得る点には留意が必要である。
| 取消し理由の類型 | 傾向として指摘されることが多い評価 |
|---|---|
| 経営悪化・業績不振を理由とする取消し | 整理解雇に準じた厳格な判断がされる傾向があるとされる |
| 採用選考時に知り得なかった経歴詐称 | 取消しが認められやすい傾向があるとされる |
| 卒業予定者が卒業できなかった場合 | 就労開始の前提を欠くため取消しが認められやすい傾向があるとされる |
| 健康状態の申告に虚偽があった場合 | 業務遂行への支障の程度等により評価が分かれるとされる |
| 内定後に判明した軽微な素行不良 | 内定取消しの相当性が慎重に判断される傾向があるとされる |
経営悪化を理由とする内定取消しについては、既存従業員の整理解雇と同様の枠組み、すなわち人員削減の必要性、解雇回避努力、人選の合理性、手続の相当性といった要素が考慮される傾向があるとされる。内定者は入社前であり、他の内定先を探す機会をすでに失っている場合が多いことから、通常の整理解雇よりも慎重な対応が求められると指摘されることもある。
これに対して、経歴詐称や、卒業予定者が卒業できなかったといった、採用選考の前提が崩れる事情については、内定の解約権留保の趣旨に照らして取消しが認められやすい傾向があるとされる。ただし、経歴詐称についても、その内容が採用の可否を左右するほど重要なものであったかどうかや、業務遂行への支障の程度が個別に問われることになり、些細な相違をもって直ちに取消しが正当化されるわけではないと考えられている。
内定辞退と内定取消しの違い
内定をめぐる問題では、応募者側からの「内定辞退」と、企業側からの「内定取消し」が混同されることがあるが、法的な位置づけはまったく異なる。内定辞退は、労働者側が留保していた就労開始の権利を行使せず、契約関係を将来に向けて解消する意思表示であり、民法上、期間の定めのない契約について労働者はいつでも解約の申入れをすることができるとされる規定(民法627条)等を根拠に、原則として自由に行えると理解されている。
これに対して内定取消しは、企業側からの一方的な契約解消であるため、前述のとおり解約権留保の趣旨・目的に照らした合理性・相当性が求められる。内定辞退は労働者の自由な意思決定として広く許容される一方、内定取消しは企業側の権利行使として強い規制を受けるという非対称な構造になっている点を、採用担当者は正しく理解しておく必要がある。
内定取消しに伴う損害賠償リスク
内定取消しが無効と判断された場合、企業は労働契約上の地位確認や、賃金の支払いを求められる可能性がある。加えて、内定取消しの態様によっては、不法行為に基づく損害賠償責任が問題となることもある。
損害賠償の内容としては、内定取消しによって精神的苦痛を受けたことに対する慰謝料のほか、内定を信頼して他社への就職活動を取りやめたことにより就職の機会を逸失したことに対する損害(逸失利益)が問題になり得るとされる。新卒採用の場面では、内定を得たことで他社の選考を辞退している応募者が多いため、内定取消しの時期が遅くなるほど、他社への再応募の機会が限られ、損害の内容や規模が拡大しやすいと指摘されることもある。
実務上の対応
内定取消しを検討する前に、まず取消し以外の代替措置を検討することが重要である。たとえば、配属先の変更、入社時期の調整、業務内容の見直しなど、契約関係自体は維持しながら問題に対応できないかを検討する余地がないかを確認することが望ましい。内定取消しは最終手段として位置づけ、安易に選択しないという姿勢が、後の紛争予防につながる。
また、内定通知書や誓約書に、内定取消し事由をあらかじめ明記しておくことも実務上のポイントである。ただし、取消し事由を記載していれば無条件に取消しが有効になるわけではなく、記載された事由に該当する場合であっても、解約権留保の趣旨・目的に照らした合理性・相当性の審査を受けることに変わりはない点に注意が必要である。内定取消通知書テンプレートを用いる場合も、取消し理由の記載を具体的かつ客観的な事実に基づいて行うことが望ましい。
内定通知や誓約書の作成段階では、内定通知書テンプレートや内定承諾書テンプレートの記載内容が、将来的に内定取消しの理由や手続と整合するかどうかも意識しておくとよい。内定取消しを行う場合には、取消しに至った経緯や理由を書面で丁寧に説明し、可能な範囲で本人の意向を確認する機会を設けることが、紛争の予防や早期解決の観点から重要になる。
よくある質問(FAQ)
Q1. 内定取消しの理由を内定者に伝える義務はあるか
内定取消しを行う場合、その理由を伝えないまま一方的に通知することは、後の紛争において企業側の対応の相当性が疑われる要素になり得ると考えられている。内定取消しの有効性は理由の合理性・相当性が審査されるため、理由を具体的に説明できない、あるいは説明を避けるという対応は、企業にとって不利に働く可能性がある。取消しを検討する段階で、理由を書面等で明確にできるかどうかをまず確認することが望ましい。
Q2. 中途採用の内定取消しにも同じ判断枠組みが適用されるか
中途採用の内定についても、新卒採用と同様に労働契約の成立時期や解約権留保の有無が問題になり得るが、選考過程や内定通知の実態、前職の退職状況など、個別の事情によって評価が異なる場合がある。中途採用者は内定を前提に前職を退職しているケースが多く、内定取消しによる不利益が大きくなりやすいと指摘されることもあるため、新卒採用以上に慎重な検討が必要になる場面もあると考えられる。
Q3. 内定取消しではなく、入社時期を延期することは認められるか
入社時期の延期は、内定取消しとは異なり契約関係自体を維持する対応であるため、内定取消しに比べて紛争リスクが低いと位置づけられることが多い。ただし、延期の期間や理由によっては、内定者に生活上・経済上の不利益が生じる可能性があり、延期についても内定者の同意を得たうえで、書面で条件を明確にしておくことが望ましいとされる。一方的な延期の通知は、実質的な取消しと評価されるおそれがある点にも留意が必要である。
まとめ
- 新卒採用における内定の法的性質については、最高裁判例が「始期付解約権留保付労働契約」という考え方を示したとされ、内定の時点で労働契約が成立していると理解されることが多い
- 内定取消しの有効性は、解約権留保の趣旨・目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認できるものに限られるという判断枠組みが紹介されることが多い
- 経営悪化を理由とする取消しは整理解雇に準じた厳格な判断がされる傾向がある一方、経歴詐称等の採用選考時に知り得なかった事情を理由とする取消しは認められやすい傾向があるとされるが、いずれも個別事情による
- 内定辞退(労働者側)と内定取消し(企業側)は法的な位置づけが異なり、企業側の取消しはより強い規制を受ける
- 内定取消しには慰謝料や逸失利益等の損害賠償リスクが伴うため、代替措置の検討や書面での丁寧な説明が実務上重要になる
本記事は一般的な情報提供を目的として作成されたものであり、個別・具体的な法律相談に代わるものではありません。本記事の内容は執筆・更新時点の法令・裁判例等に基づいており、その後の法改正等により内容が現状と異なる場合があります。本記事の内容に基づいて行った行為の結果について、株式会社リーガリスト(以下「当社」)および監修者は一切の責任を負いかねます。個別の事案については、必ず弁護士等の専門家にご相談ください。
[要確認事項] - 本文中で言及した大日本印刷事件(最高裁昭和54年判決とされる)の正式な事件名・裁判所・判決年月日について、監修者による事実確認が必要。 - 内定取消しの有効性判断の枠組み及び類型ごとの傾向の記述についても、公開前に監修者確認を行うこと。