長期間支払いのない借金や、忘れていた古い債務について、突然債権者や債権回収会社から督促状が届くことがある。このようなとき検討したいのが消滅時効の援用である。ただし、消滅時効は時間が経過しただけでは効力を生じず、債務者側が「援用」という意思表示を行って初めて権利消滅の効果が生じる。本記事では、時効援用の方法と、時効期間の考え方、実務上の注意点を整理する。
消滅時効と「援用」の関係
時効は完成しただけでは効力が生じない
民法166条は、債権について、債権者が権利を行使できることを知った時から5年間行使しないとき、または権利を行使できる時から10年間行使しないときは、時効によって消滅すると定めている。もっとも、この期間が経過したことをもって当然に債務が消滅するわけではない。
民法145条は、時効は当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができないと定めている。つまり、時効期間が経過した状態(時効の完成)と、時効の効果が実際に生じること(援用による確定的な権利消滅)は別の概念である。債務者が援用の意思表示をして初めて、時効の効果が確定的に生じる。
援用をしないとどうなるか
時効が完成していても、債務者が援用をしなければ、債権者は引き続き請求を続けることができ、場合によっては訴訟を提起して勝訴判決を得ることもあり得る。時効が完成している債権について督促を受けた場合、放置するのではなく、援用の手続を取ることが重要である。
援用の方法
意思表示の相手方と方法
時効の援用は、権利消滅によって利益を受ける当事者(時効の利益を受ける者)が、権利者(債権者)に対して行う意思表示である。法律上は口頭で行っても効力を生じ得ると考えられているが、実務上は次の理由から書面、特に内容証明郵便で行うことが一般的である。
- 援用の意思表示をした事実と日付を客観的な証拠として残せる
- 対象債権を具体的に特定して伝えることができる
- 債権者(サービサー等)とのやり取りの記録として機能する
内容証明郵便で送付する場合、配達証明を付けることで、相手方に到達した事実も証拠化できる。時効援用通知書テンプレートのような書式を活用すると、必要事項を漏れなく記載しやすい。
援用通知書に記載する事項
時効援用通知書には、一般的に次の事項を記載する。
| 記載事項 | 内容 |
|---|---|
| 対象債権の特定 | 契約日、契約番号、債権者名、債務の種類・金額など |
| 時効期間の経過 | 最終返済日や請求可能となった時期、経過した期間 |
| 援用の意思表示 | 消滅時効を援用する旨を明確に記載 |
| 差出人情報 | 氏名・住所(本人であることが分かる情報) |
対象債権が複数ある場合は、どの債権について援用するのかを明確に特定することが重要である。契約書や請求書の控えがあれば、契約番号などを記載して特定性を高めておきたい。
時効期間の考え方
2020年民法改正による変更
2020年4月1日に施行された改正民法により、債権の消滅時効期間のルールが変更された。改正後の民法166条1項では、債権は次のいずれか早い時点で時効消滅するとされている。
- 債権者が権利を行使できることを知った時から5年間行使しないとき
- 権利を行使できる時から10年間行使しないとき
多くの金銭債権(貸金、売買代金、業務委託料など)では、権利を行使できることを債権者が認識している場合が通常であるため、実務上は5年の消滅時効が適用される場面が多いとされる。
改正前(旧民法)の職業別短期消滅時効
2020年4月1日より前に生じた債権については、原則として改正前の民法(旧民法)が適用される。旧民法には、業種ごとに異なる短期の消滅時効期間を定めた規定(職業別短期消滅時効)があった。
| 債権の種類 | 旧民法上の時効期間(目安) |
|---|---|
| 飲食料、宿泊料 | 1年(旧174条4号) |
| 弁護士報酬 | 2年(旧172条) |
| 工事の設計・施工・監理の報酬(請負代金) | 3年(旧170条2号) |
| 商事債権(会社間取引の代金等) | 5年(旧商法522条) |
| 一般の民事債権 | 10年(旧167条1項) |
このように、対象となる債権がいつ発生したものかによって適用される時効期間のルールが異なるため、援用を検討する際はまず債権の発生時期と種類を確認する必要がある。特に旧民法の職業別短期消滅時効は債権の性質によって期間が細かく分かれているため、判断に迷う場合は専門家に確認することが望ましい。
時効の完成猶予・更新に関する注意点
「更新」によって時効期間がリセットされる
時効の進行中に一定の事由が生じると、時効期間の進行が一時的に止まる「完成猶予」と、それまで経過した期間がリセットされ新たに進行を始める「更新」という制度がある(民法147条〜152条)。裁判上の請求、強制執行、そして債務の「承認」は、更新事由の代表例である。
特に注意すべきは「承認」である。民法152条により、債務者が権利の存在を認める行為(承認)をすると、その時から新たに時効が進行を始める。承認は明示的な書面によるものに限られず、次のような行為が承認とみなされる可能性がある。
- 債務の一部を弁済すること
- 支払猶予を申し出ること
- 分割払いの交渉に応じること
- 債務の存在を認める発言や書面のやり取り
時効が完成する前にこうした対応をしてしまうと、時効期間がリセットされ、援用ができなくなるおそれがある。督促を受けた際、時効が完成しているかどうか確認しないまま「少しだけなら払う」といった対応をすることは、時効援用の機会を失うリスクがあるため注意したい。
時効完成後の「承認」と信義則
時効が完成した後に、債務者が一部弁済や支払猶予の申出など、債務の承認とみられる行為をした場合はどうなるか。この点について、最高裁判例では、時効完成の事実を知らずに債務を承認した場合であっても、その後になって時効を援用することは信義則上許されない場合があるという考え方が示されたとされている(最高裁昭和41年4月20日判決の考え方が紹介されることが多い)。
この考え方はあくまで一般論であり、個別の事案でどのように判断されるかは事実関係によって異なる。時効が完成しているかどうか判断がつかない状態で債権者からの連絡に対応する場合は、うかつに支払いや承認と受け取られる行為をする前に、専門家へ相談することが望ましい。
実務上の進め方
ステップ1:債権の内容と発生時期の確認
督促状や請求書に記載された債権の内容(契約日、最終取引日、金額)を確認する。債権発生時期によって、改正民法と旧民法のいずれが適用されるかが変わるため、この確認が出発点になる。
ステップ2:時効の起算点と経過期間の確認
最後の返済日や最後の取引日など、時効の起算点となる時期を確認し、そこから現在までの経過期間を計算する。この間に裁判上の請求や差押えなど、時効の完成猶予・更新事由に該当する事情がなかったかも確認する必要がある。督促を受けたことがあるかどうかは、それだけでは時効の完成猶予事由(催告)に該当する場合とそうでない場合があるため、正確な判断には専門家の確認が望ましい。
ステップ3:援用通知書の作成・送付
時効が完成していると判断できる場合、援用通知書を作成し、内容証明郵便で債権者に送付する。送付前に、承認とみなされる行為(一部弁済等)をしていないかを改めて確認しておきたい。
ステップ4:債権者からの反応への対応
援用通知が到達した後、債権者から時効の起算点や中断事由の有無について異論が示される場合がある。債権者との間で認識に相違がある場合や、督促が続く場合は、債務承認要求通知書テンプレートのような書式で状況を整理しつつ、必要に応じて弁護士に相談することが望ましい。
債権者側の留意点(債務承認書の活用)
一方、債権者の立場では、時効の完成を防ぐために、債務者から任意に債務を認めてもらう書面(債務承認書)を取得しておくことが有効な手段の一つとされている。債務承認書テンプレートを用いて、債務者に債務の存在と金額を確認する書面に署名を得ることで、その時点から時効期間が新たに進行を始めることになる。もっとも、債務者が任意に応じない場合に無理に署名を求めることは、トラブルの原因になりかねないため、状況に応じた慎重な対応が求められる。
よくある質問(FAQ)
Q1. 時効援用通知書は内容証明郵便で送らなければ効力が生じませんか。
法律上、援用の意思表示の方式に制限はなく、口頭でも効力自体は生じ得ると考えられている。もっとも、口頭のみでは援用をした事実や日付を後から証明することが難しくなる。債権者との間でトラブルになった場合に備え、内容証明郵便など記録が残る方法で送付することが実務上推奨される。
Q2. すでに一部を支払ってしまった場合でも、残りの債務について時効を援用できますか。
時効完成前に一部弁済をした場合は、その行為が債務の承認とみなされ、時効が更新(リセット)される可能性が高いと考えられている。一方、時効完成後に一部弁済をした場合は、信義則上その後の援用が制限される可能性があるとされている。いずれのケースに該当するかは、弁済の時期や経緯によって判断が分かれるため、個別の事情を踏まえて専門家に確認することが望ましい。
Q3. 消費者金融やサービサーから届いた督促状に記載された金額が、当初の借入額より大幅に増えているのはなぜですか。
督促状の金額には、当初の元本に加えて、遅延損害金や利息が加算されていることが一般的である。時効の起算点や経過期間を確認する際は、元本と利息・遅延損害金を区別したうえで、債権全体としての消滅時効の成否を検討する必要がある。金額の算定根拠に疑問がある場合は、債権者に取引履歴の開示を求めることも一つの方法であるが、開示請求への対応が承認とみなされないよう注意しつつ進めることが望ましい。
まとめ
消滅時効の援用を検討する際は、次の点を押さえておきたい。
- 消滅時効は完成しただけでは効力を生じず、債務者が援用の意思表示をして初めて権利消滅の効果が確定する
- 援用は口頭でも可能とされるが、証拠化の観点から内容証明郵便で行うことが一般的である
- 2020年4月1日以降に生じた債権は改正民法(原則5年・10年)、それより前に生じた債権は旧民法の職業別短期消滅時効等が適用される場合があり、発生時期の確認が必要である
- 一部弁済や支払猶予の申出など「承認」とみなされる行為をすると、時効期間がリセットされる、または完成後の援用が制限される場合があるため、うかつな対応は避けたい
- 時効の起算点や中断事由の有無の判断が難しい場合は、援用の手続を進める前に弁護士等の専門家へ相談することが望ましい
本記事は一般的な情報提供を目的として作成されたものであり、個別・具体的な法律相談に代わるものではありません。本記事の内容は執筆・更新時点の法令・裁判例等に基づいており、その後の法改正等により内容が現状と異なる場合があります。本記事の内容に基づいて行った行為の結果について、株式会社リーガリスト(以下「当社」)および監修者は一切の責任を負いかねます。個別の事案については、必ず弁護士等の専門家にご相談ください。
[要確認事項] - 旧民法の職業別短期消滅時効の条文番号・期間の記載が正確か、監修者による確認が必要。 - 時効完成後の承認と信義則に関する最高裁判例の紹介(昭和41年4月20日判決)の要約が正確か、監修者による確認が必要。