近年、職場における熱中症による労働災害が増加傾向にあり、重篤化して死亡に至る事案も報告されている。こうした状況を受けて、労働安全衛生規則が改正され、暑熱な環境で作業を行う事業者に対し、熱中症の自覚症状や異常を把握した際の報告体制の整備や、症状が悪化する前の作業中断等の措置を講じることが義務付けられた。本記事では、改正の概要と、企業が整備すべき社内体制、リスクアセスメントの進め方、罰則、実務上の注意点を、人事労務・安全衛生担当者向けに整理する。

改正の背景

厚生労働省が公表する労働災害統計では、熱中症による労働災害(死傷者数)は近年高水準で推移しており、猛暑日の増加や現場作業員の高齢化なども相まって、重篤化に至る事案が後を絶たないとされる。従来、熱中症予防対策は「職場における熱中症予防基本対策要綱」等の通達に基づく指導・啓発が中心であったが、これだけでは重篤化の防止に十分な実効性が確保できないとの問題意識から、労働安全衛生規則の改正により、一定の措置を事業者の法的義務として明確化する対応が取られたとされる。

改正の中心は、熱中症の自覚症状がある労働者や、他の労働者から見て熱中症の疑いがあると認められる状態の労働者を把握した場合に、速やかに報告を受け、必要な措置を講じるための体制を、あらかじめ整備しておくことを事業者に義務付けた点にある。

新設された義務の内容

改正後の労働安全衛生規則で事業者に求められる主な対応は、大きく分けて「体制整備」と「重篤化防止措置」の2点に整理できる。

熱中症を把握した場合の報告体制の整備

事業者は、暑熱な場所において作業を行う労働者に自覚症状がある場合や、周囲の労働者が熱中症のおそれがあると判断した場合に、その旨を管理監督者等に速やかに報告するための体制をあらかじめ整備しておく必要があるとされる。具体的には、次のような事項をあらかじめ定めておくことが求められる。

  • 熱中症を把握した場合の報告先(現場責任者、安全衛生担当者等)と連絡手段
  • 作業中断の判断権者と判断基準
  • 緊急時の対応手順(応急処置、医療機関への搬送手配等)

これらを口頭の申し合わせにとどめず、書面化して現場に周知し、実際に機能する体制として運用することが重要である。

重篤化防止のための措置

体制整備に加えて、実際に熱中症の自覚症状や疑いのある労働者を把握した場合には、事業者は次のような措置を講じる義務を負うとされる。

  • 作業からの離脱、身体の冷却、水分・塩分の摂取等の必要な応急措置を講じること
  • 症状の程度に応じて、必要な場合は医療機関へ搬送する、または受診させること
  • 単独作業とせず、状態を継続的に確認できる体制を確保すること

これらの措置は、熱中症の初期症状の段階で適切に対応することで、重篤化(意識障害等)を防ぐことを目的としている。作業中断の判断を現場任せにせず、あらかじめ定めた基準に沿って迅速に行えるようにしておくことが求められる。

対象となる作業・事業場の考え方

改正の対象は、WBGT値(暑さ指数)が高い環境や気温が高い環境で、一定時間以上継続して作業を行う事業場が想定されていると考えられる。WBGT値は気温・湿度・輻射熱を総合的に評価する指標であり、既存の熱中症予防対策要綱等でも、作業環境の管理や休憩の目安として用いられてきた経緯がある。改正後の規則における対象作業の具体的な基準(WBGT値の水準、継続作業時間の目安等)については、事業場ごとに該当性を判断する必要があるため、最新の通達・解釈例規を確認しておくことが望ましい。

対象となる可能性が高い業種としては、建設業、製造業(高温作業を伴う工場等)、農業、清掃・警備業、物流・倉庫業などが挙げられるが、屋内外を問わず、暑熱な環境での作業が継続する業務であれば対象となり得る点に留意する必要がある。

リスクアセスメントの実施

熱中症対策を実効性のあるものにするためには、個別の作業ごとにリスクアセスメントを実施し、想定されるリスクの程度に応じた対策を講じることが望ましい。リスクアセスメントの一般的な流れは次のとおりである。

  1. 作業内容・作業環境(屋内外、空調の有無、日射の有無等)の洗い出し
  2. WBGT値の測定・記録、または気象情報等に基づく環境評価
  3. 作業員の年齢・健康状態・持病の有無等、個人要因の考慮
  4. リスクの見積り(発生可能性・重篤度)
  5. リスク低減措置の検討(作業時間の短縮、休憩の増加、空調設備の設置、水分補給の徹底等)
  6. 実施記録の保存と定期的な見直し

リスクアセスメントの結果は、単に記録として保管するだけでなく、実際の作業計画(作業時間帯の調整、休憩スケジュール、体調不良者への対応フロー)に反映させることが重要である。

対応スケジュールの整理

熱中症対策の社内体制整備にあたって確認・実施すべき事項を時期別に整理すると、次のようになる。

時期の目安 対応事項
導入準備段階 対象作業・事業場の洗い出し、WBGT測定機器の導入検討、社内規程(熱中症予防対策規程等)の整備
夏季前(例年4〜5月頃) リスクアセスメントの実施・見直し、報告体制・緊急連絡網の確認、管理監督者への教育・研修
夏季中(継続的) WBGT値の日々の測定・記録、作業員への周知、報告があった場合の措置実施・記録
夏季後 実施状況の振り返り、翌年度に向けた規程・体制の見直し

なお、上表の時期はあくまで一般的な目安であり、地域や業種、対象となる作業実態によって前後する。自社の状況に応じたスケジュール設計が必要である。

罰則

労働安全衛生規則に基づく義務に違反した場合、労働安全衛生法の関連規定に基づき罰則の対象となる可能性があるとされる。罰則の有無や量刑は違反の内容や態様によって異なり得るため、規則違反が直ちに一律の罰則につながるとは限らないが、労働災害が発生した場合には、体制整備の有無や実際の対応状況が、事業者の安全配慮義務違反の有無を判断する上でも重要な要素となり得る。行政指導や是正勧告の対象となることも想定されるため、形式的な規程整備にとどめず、実効性のある運用を行うことが求められる。

よくある失敗パターン

熱中症対策の体制整備をめぐっては、次のような失敗が実務上しばしば見られる。

  • 熱中症予防のマニュアルは整備したものの、実際に自覚症状を訴えた作業員がいた場合の報告先・連絡手段が現場に周知されておらず、発見が遅れた
  • WBGT値の測定を行っているものの、測定結果を作業計画(休憩時間の調整等)に反映させる仕組みがなく、形骸化していた
  • 現場責任者の判断に作業中断の可否が委ねられており、明確な基準がないため、繁忙期には症状があっても作業を継続させてしまう運用になっていた
  • リスクアセスメントを実施した記録が残っておらず、労働災害発生時に事業者としての対応状況を説明できなかった
  • 委託先・協力会社の作業員が現場に混在しているにもかかわらず、報告体制や緊急連絡網が自社従業員のみを対象としており、委託先作業員への周知が漏れていた

よくある質問(FAQ)

Q1. 熱中症対策の義務は、屋内作業にも適用されますか。

改正の対象は屋外作業に限られるものではなく、空調のない工場や倉庫など、暑熱な環境での作業であれば屋内であっても対象となり得ると考えられる。自社の作業環境がWBGT値等の基準に該当するかどうかは、個別に評価する必要がある。

Q2. 小規模な事業場でも同様の義務を負いますか。

労働安全衛生規則上の義務は、事業場の規模によって適用の有無が一律に区別されるものではないと考えられるが、具体的な適用範囲や努力義務との区分については、最新の通達・解釈例規を確認することが望ましい。人員体制が限られる事業場でも、報告体制の整備自体は比較的小規模な仕組みでも対応可能であるため、早期の着手が望ましい。

Q3. 委託先・協力会社の作業員にも自社の熱中症対策を適用する必要がありますか。

同一の現場で作業を行う場合、元方事業者としての安全衛生上の配慮が求められる場面があると考えられる。委託先作業員への周知や、緊急時の連絡体制の共有についても、契約関係や現場の実態に応じて整理しておくことが望ましく、対応範囲について疑義がある場合は専門家への確認を検討したい。

まとめ

  • 労働安全衛生規則の改正により、熱中症の自覚症状等を把握した場合の報告体制の整備と、重篤化防止のための措置(作業中断、応急措置等)が事業者の義務として明確化された
  • 対象となる作業・事業場の該当性はWBGT値等の環境要因により判断されると考えられ、最新の基準の確認が必要である
  • リスクアセスメントを実施し、結果を実際の作業計画に反映させることが実効性確保のポイントとなる
  • 報告体制・緊急連絡網は自社従業員だけでなく、現場に混在する委託先作業員も含めて整備することが望ましい
  • 規則違反は罰則や行政指導の対象となり得るほか、労働災害発生時の安全配慮義務違反の判断にも影響し得る

社内規程の整備には熱中症予防対策規程が参考になる。

本記事は一般的な情報提供を目的として作成されたものであり、個別・具体的な法律相談に代わるものではありません。本記事の内容は執筆・更新時点の法令・裁判例等に基づいており、その後の法改正等により内容が現状と異なる場合があります。本記事の内容に基づいて行った行為の結果について、株式会社リーガリスト(以下「当社」)および監修者は一切の責任を負いかねます。個別の事案については、必ず弁護士等の専門家にご相談ください。

[要確認事項] - 労働安全衛生規則改正の正確な施行日、対象となるWBGT値・継続作業時間等の具体的基準について、最新の法令・通達に基づく監修者確認が必要。 - 違反時の罰則の根拠条文・量刑について、監修者による正確性の確認が必要。