M&Aの交渉が一定程度進み、譲渡価格や取引スキームの大枠について当事者間で合意ができると、詳細なデューデリジェンス(買収監査)や最終契約書の交渉に入る前段階として、基本合意書(LOI: Letter of Intent、またはMOU: Memorandum of Understanding)を締結することが一般的である。基本合意書は最終契約ではないものの、独占交渉権や秘密保持義務など一部条項には法的拘束力を持たせるのが通常であり、その内容を誤解すると、後の交渉や紛争対応に影響を及ぼしかねない。本記事では、基本合意書の役割と実務上の注意点を整理する。

基本合意書の位置づけと法的拘束力

基本合意書は、当事者間でこれまでの交渉内容を確認し、今後のプロセス(デューデリジェンスの実施、最終契約に向けたスケジュール等)を明確化するための書面である。基本合意書の多くは、譲渡価格や取引条件の大枠について「現時点での合意事項」を記載しつつ、最終契約締結までは当事者を法的に拘束しないという建付けが一般的である。

もっとも、基本合意書のすべての条項が法的拘束力を持たないわけではない。実務上、次のような条項については、明示的に法的拘束力を持たせることが一般的である。

条項区分 法的拘束力の一般的な扱い
譲渡価格・取引条件の大枠 原則として法的拘束力なし(最終契約で確定)
独占交渉権 法的拘束力あり
秘密保持義務 法的拘束力あり
デューデリジェンスへの協力義務 法的拘束力あり
準拠法・裁判管轄 法的拘束力あり
費用負担 法的拘束力ありとする例が多い

基本合意書を締結する際は、どの条項が法的拘束力を持つのかを条文ごとに明確にしておくことが重要である。曖昧な記載のまま締結すると、後日、価格の変更や交渉の打ち切りをめぐって「合意違反ではないか」という争いが生じる可能性がある。

独占交渉権(エクスクルーシビティ)の内容

独占交渉権とは、基本合意書の締結後、一定期間、売り手が他の買収候補者と交渉・情報提供を行うことを禁止する条項である。買い手にとっては、多額の費用と時間をかけてデューデリジェンスを実施する前提として、他の候補者に案件を奪われないようにするための重要な条項となる。独占交渉権を検討する際は、次の点を確認しておく必要がある。

  1. 独占期間:一般的には1〜3か月程度で設定されることが多いが、案件の規模やデューデリジェンスの複雑さに応じて調整される
  2. 対象範囲:売り手が禁止される行為の範囲(他の候補者との新たな交渉開始の禁止か、既存の交渉先との情報交換も含めて禁止するか)
  3. 期間延長の条件:デューデリジェンスが長期化した場合の期間延長に関する取り決め
  4. 違反時の効果:独占交渉権に違反した場合の損害賠償や、それまでに買い手が負担した費用の補償に関する定め

売り手側にとっては、独占交渉権の期間が長すぎると、その間により良い条件を提示する他の候補者が現れても交渉できなくなるリスクがある。独占期間の長さは、デューデリジェンスに要する合理的な期間を踏まえて設定することが望ましい。

デューデリジェンスとの関係

基本合意書の締結後、買い手は法務・財務・税務・事業(ビジネス)の各領域についてデューデリジェンスを実施し、対象会社のリスクや価値を精査する。基本合意書には、売り手がデューデリジェンスに必要な資料開示・質問対応に協力する義務を明記しておくことが一般的である。

デューデリジェンスの結果、当初想定していなかったリスク(簿外債務、訴訟リスク、許認可の瑕疵等)が発見された場合、譲渡価格の見直しや、最終契約における表明保証条項・補償条項の追加といった形で対応することが多い。基本合意書の段階で示された価格はあくまで暫定的なものであり、デューデリジェンスの結果次第で調整され得ることを、当事者双方があらかじめ理解しておくことがトラブル防止につながる。

表明保証との関係・ブレイクアップフィーの取扱い

基本合意書の段階では、最終契約で定めるような詳細な表明保証条項までは盛り込まれないことが一般的であるが、基本的な事項(開示された情報が真実かつ正確であること等)について簡易な表明を求める例もある。

また、一部の案件では、買い手が独占交渉権のもとで多額の費用をかけてデューデリジェンスを実施したにもかかわらず、売り手側の事情で交渉が破談になった場合に備え、ブレイクアップフィー(一定の解約金・費用補償)に関する条項が設けられることがある。中小企業のM&Aでは必ずしも一般的ではないが、大型案件や独占期間が長期にわたる案件では検討されることがある。

よくある失敗パターン

  • 基本合意書の価格記載を「確定額」と誤解し、デューデリジェンスの結果を踏まえた価格調整の交渉に応じてもらえないと考えていた
  • 独占交渉権の対象範囲が曖昧で、売り手が既存の別候補者との情報交換を継続していたことが後日判明し、トラブルになった
  • 独占期間を短く設定しすぎたため、デューデリジェンスが完了する前に期間が満了し、再交渉が必要になった
  • デューデリジェンスへの協力義務が明記されておらず、売り手側の資料提供が遅れて交渉全体のスケジュールが大幅に遅延した
  • 基本合意書と最終契約の内容に齟齬が生じ、独占交渉権の違反の有無をめぐって当事者間で見解が対立した

基本合意書に盛り込むべきその他の条項

独占交渉権や秘密保持義務のほかにも、基本合意書には次のような条項を盛り込んでおくことで、その後の交渉を円滑に進めやすくなる。

条項区分 内容の例
スケジュール条項 デューデリジェンスの実施期間、最終契約締結予定日の目安
表明事項 開示した情報が現時点で真実かつ正確である旨の簡易な確認
従業員への開示制限 対象会社の従業員への情報開示のタイミング・範囲の取り決め
費用負担条項 デューデリジェンス費用、専門家報酬等の負担区分
有効期間 基本合意書自体の有効期間、期間満了時の扱い

特に従業員への開示制限は見落とされやすいが、M&A交渉が従業員に伝わるタイミングを誤ると、動揺や離職につながるおそれがあるため、基本合意書の段階で開示のタイミング・方法について当事者間で合意しておくことが望ましい。

複数候補者が存在する場合の基本合意書交渉

売り手に複数の買収候補者がいる場合、いずれの候補者と基本合意書を締結するかの選定プロセス(入札形式、条件提示の締切設定等)を事前に整理しておくことが望ましい。独占交渉権を特定の候補者に付与した後は、他の候補者との交渉が制限されるため、独占交渉権付与前の段階で、価格・スキーム・スケジュールといった主要条件を十分に比較検討しておく必要がある。売り手側のアドバイザー(仲介会社・FA)を活用し、候補者間の条件を客観的に比較する仕組みを整えることが、望ましい相手方選定につながる。

よくある質問

Q. 基本合意書に記載した譲渡価格は、後から変更できますか。

多くの基本合意書では、記載された価格はあくまで暫定的な合意であり、デューデリジェンスの結果等を踏まえて最終契約締結までに調整され得る旨が明記されている。もっとも、基本合意書の文言によっては価格の拘束力の程度が異なる場合があるため、締結前に条項の趣旨を正確に理解しておくことが重要である。

Q. 独占交渉権に違反して他の候補者と交渉した場合、どのようなリスクがありますか。

独占交渉権が法的拘束力を持つ条項として定められている場合、これに違反すると、相手方から損害賠償請求やそれまでに要した費用の補償を求められる可能性がある。独占交渉権のもとで多額のデューデリジェンス費用を投じた買い手にとっては、実害が大きくなり得るため、売り手側は独占交渉権の遵守について慎重な対応が求められる。

Q. 基本合意書を締結せずに、いきなり最終契約の交渉に進むことはできますか。

案件の規模や当事者間の関係性によっては、基本合意書を経ずに最終契約の交渉に進むことも不可能ではない。もっとも、基本合意書を経ることで、独占交渉権による安心感のもとでデューデリジェンスを実施でき、また交渉の大枠について認識をすり合わせられるというメリットがあるため、特に規模の大きい取引や複数の候補者が存在する状況では、基本合意書を締結することが一般的である。

まとめ

M&Aの基本合意書は、譲渡価格等の取引条件については法的拘束力を持たせないのが一般的である一方、独占交渉権や秘密保持義務については法的拘束力を持たせるのが通常であり、この違いを正確に理解しておくことが重要である。独占交渉権の期間・範囲の設計や、デューデリジェンスへの協力義務の明記など、実務上のポイントを押さえた基本合意書を作成することで、その後の交渉を円滑に進めやすくなる。契約条項の設計や交渉方針については、弁護士等の専門家に相談することが望ましい。

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