スタートアップにおけるインセンティブ設計の一つとして広まった信託型ストックオプションは、将来の貢献度に応じて後からポイント配分を決められる柔軟性が評価され、多くの企業で導入されてきた。しかし、国税庁が示した見解により、信託型ストックオプションの権利行使時の課税関係について、従来の実務上の理解とは異なる整理がなされることが明らかになり、多くの企業が対応を迫られることになった。本記事では、信託型ストックオプションの仕組みと課税上の論点、実務対応の考え方を整理する。

信託型ストックオプションの仕組み

信託型ストックオプションとは、発行会社が信託を設定し、信託がストックオプションを引き受けたうえで、あらかじめ定めたポイント配分ルールに従い、将来、役職員に対してポイントに応じたストックオプションを付与する仕組みである。通常のストックオプションが付与時点で対象者・付与数を確定させるのに対し、信託型では、信託設定時点では対象者・付与数を確定させず、その後の貢献度評価(ポイント制度)に基づいて事後的に配分を決定できる点に特徴がある。

この柔軟性から、特に創業初期に入社したメンバーの貢献を、入社時期にかかわらず公平に評価してインセンティブを配分したいというニーズに応える手法として、一定の広がりを見せてきた。

課税上の論点(給与所得課税リスク)

ストックオプションの課税関係は、大きく分けて「税制適格ストックオプション」と「税制非適格ストックオプション」に分類され、それぞれ課税のタイミングと税率が異なる。

区分 権利行使時の課税 株式売却時の課税
税制適格ストックオプション 一定の要件を満たせば非課税 譲渡所得として申告分離課税(税率約20%)
税制非適格ストックオプション 権利行使時の経済的利益に給与所得等として課税(累進課税、最大税率が45%に達し得る) 株式売却時、権利行使価額を基礎とした譲渡所得として課税

信託型ストックオプションについては、当初、権利行使時の経済的利益は給与所得課税の対象とはならず、株式売却時にまとめて譲渡所得として課税されるという理解のもとで実務が積み重ねられてきた例があったとされる。しかし、国税庁が示した見解では、信託型ストックオプションについても、税制非適格ストックオプションと同様に、権利行使時の経済的利益が給与所得として課税される整理が示されたとされ、多くの導入企業に大きな影響を与えることとなった。

給与所得として課税される場合、累進課税により高い税率が適用される可能性があるほか、発行会社側にも源泉徴収義務が生じる可能性がある。既に信託型ストックオプションを導入している企業は、権利行使のタイミングにおける課税関係と、源泉徴収義務の履行について、あらためて整理する必要が生じている。

既存の信託型ストックオプションへの対応

既に信託型ストックオプションを導入している企業においては、次のような対応の選択肢が検討されている。

  1. 権利行使前の場合:税制適格ストックオプションへの切り替え(信託を通じたスキームから、通常の税制適格スキームへの移行)を検討する
  2. 権利行使を控えている場合:給与所得課税を前提とした資金準備(納税資金の確保)や、源泉徴収義務の履行方法を検討する
  3. 既に権利行使している場合:課税関係の整理状況を踏まえ、修正申告等の要否を税理士に確認する

税制適格ストックオプションへの切替えを検討する場合、税制適格の要件(付与対象者の範囲、権利行使価額、権利行使期間、権利行使価額の年間限度額等)を満たす必要があり、信託が保有するストックオプションをどのように整理するかについて、専門家との綿密な検討が必要になる。

税制適格ストックオプションの要件(比較の視点)

信託型との比較の観点から、税制適格ストックオプションの主な要件を確認しておく。

要件区分 主な内容
付与対象者 発行会社およびその子会社の取締役、執行役、使用人等(一定の要件を満たす社外高度人材を含む場合がある)
権利行使価額 契約締結時の株価相当額以上であること
権利行使期間 付与決議の日から2年を経過した日から10年を経過する日までの間(設立5年未満の非上場企業等では期間の特例がある)
年間権利行使価額の限度 一定の上限額(近年の税制改正により拡充された金額基準が設けられている)
譲渡制限 他人への譲渡が禁止されていること

これらの要件を満たす税制適格ストックオプションとして設計・運用することで、権利行使時の課税を回避し、株式売却時の申告分離課税のみで済ませることが可能になる。信託型のような柔軟な配分の仕組みを維持しつつ、課税上の取扱いを明確にする方法として、税制適格の枠組みに沿った信託の設計(あるいは信託を用いない通常の税制適格ストックオプションへの移行)が検討されている。

実務対応にあたっての留意点

信託型ストックオプションをめぐる課税関係の整理は、個別企業の導入状況(信託設定時期、ポイント配分の実施状況、権利行使の有無等)によって対応方針が異なる。実務上は次のようなステップで対応を検討することが多い。

  • 自社が導入している信託型ストックオプションのスキーム内容を再確認する
  • 権利行使済み・未行使のオプションを整理し、それぞれの課税関係への影響を洗い出す
  • 税理士・弁護士に相談し、修正申告の要否、源泉徴収義務の履行方法、今後のスキーム変更の要否を検討する
  • 対象となる役職員に対して、課税関係の変更について丁寧に説明する

発行会社の源泉徴収義務への対応

権利行使時の経済的利益が給与所得として整理される場合、発行会社には所得税の源泉徴収義務が生じ得る。源泉徴収を適切に行わなかった場合、発行会社自身が追徴課税や不納付加算税の対象となるおそれがあるため、次のような対応を検討する必要がある。

対応事項 内容
対象者の洗い出し 権利行使済み・行使予定のストックオプション保有者を特定する
源泉徴収税額の試算 権利行使時点の株価と行使価額の差額をもとに、給与所得としての源泉徴収税額を試算する
納税資金の確保 権利行使者本人が源泉徴収相当額を用意できるよう、事前に説明・案内を行う
過去分の精査 既に権利行使が行われている場合、過去の源泉徴収義務の履行状況を確認する

未上場企業の場合、権利行使によって取得した株式を市場で売却して納税資金に充てることが難しいため、権利行使者本人にとって、まとまった納税資金を別途用意する必要が生じる点にも注意が必要である。制度設計の見直しにあたっては、対象者への説明会等を通じて、想定される税負担について丁寧に周知することが望ましい。

制度設計を見直す際の検討ステップ

信託型ストックオプションを導入している企業が制度の見直しを検討する場合、一般的には次のようなステップで進めることが多い。

  1. 顧問税理士・発行時に関与した専門家と現状のスキーム内容を再確認する
  2. 未行使のポイント配分状況、対象者ごとの行使予定時期を棚卸しする
  3. 税制適格ストックオプションへの切替えの可否・実務上のハードルを検討する
  4. 切替えが困難な場合、給与所得課税を前提とした資金計画・源泉徴収体制を整備する
  5. 対象者向けの説明会を実施し、変更内容と影響を周知する

よくある質問

Q. 過去に信託型ストックオプションで権利行使をした場合、必ず追加の税負担が生じますか。

課税関係の整理は個別の事情(権利行使時期、行使価額、対象者の状況等)によって異なるため、一律に追加の税負担が生じるとは限らない。自社のスキームの詳細や権利行使の状況を踏まえ、税理士に確認したうえで、修正申告等の要否を判断する必要がある。

Q. 信託型ストックオプションから税制適格ストックオプションへの切替えは、どの段階でも可能ですか。

信託が保有するストックオプションの状況(未行使のポイント配分状況等)や、税制適格の要件充足の可否によって、切替えの可否・方法が異なる。既に権利行使が進んでいる場合や、ポイント配分が確定している対象者が多い場合には、切替えの設計が複雑になることがあるため、早期に専門家に相談することが望ましい。

Q. これから新たにストックオプションを導入する場合、信託型を避けるべきですか。

国税庁の見解を踏まえると、給与所得課税を前提とした設計が必要になる点を理解したうえで信託型を採用するか、通常の税制適格ストックオプションを採用するかを検討する必要がある。いずれの制度にも一長一短があるため、自社のインセンティブ設計の目的(公平な貢献度評価、税負担の軽減等)を踏まえ、税理士・弁護士等の専門家と相談しながら制度設計を行うことが望ましい。

まとめ

信託型ストックオプションは、貢献度に応じた柔軟な配分を可能にする仕組みとして活用されてきたが、国税庁の見解により、権利行使時の経済的利益が給与所得として課税される整理が示され、多くの導入企業が対応を迫られている。既存スキームの再確認、税制適格ストックオプションへの切替えの検討、対象者への丁寧な説明が実務上のポイントとなる。個別企業の課税関係の整理や制度設計については、税理士・弁護士等の専門家に相談することが不可欠である。

本記事は一般的な情報提供を目的として作成されたものであり、個別・具体的な税務相談・法律相談に代わるものではありません。本記事の内容は執筆・更新時点の情報に基づいており、その後の税務当局の見解や法改正等により内容が現状と異なる場合があります。本記事の内容に基づいて行った行為の結果について、株式会社リーガリスト(以下「当社」)および監修者は一切の責任を負いかねます。個別の事案については、必ず税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。