スタートアップが役員・従業員のインセンティブ設計としてストックオプション(新株予約権)を導入する際、税制適格の要件を満たせるかどうかは、付与を受ける側の手取り額に直結する重要な論点である。税制適格の要件を一つでも満たさないと、権利行使時に給与所得等として課税されるため、行使のタイミングで多額の納税資金が必要になり、資金繰りに窮するケースも少なくない。本記事は、これから初めてストックオプションを設計する創業者・管理部門担当者を想定し、税制適格要件の内容、非適格との課税タイミングの違い、実務上つまずきやすいポイントを整理する。

税制適格ストックオプションとは何か

税制適格ストックオプションとは、租税特別措置法が定める一定の要件を満たす新株予約権について、権利行使時の課税を繰り延べ、株式売却時にまとめて譲渡所得として課税する制度である。通常の(非適格の)ストックオプションでは、権利行使によって取得した株式の時価と権利行使価額との差額が、権利行使時点で給与所得または事業所得として課税される。これに対し、税制適格の要件を満たす場合には、権利行使時点では課税されず、株式を実際に売却した時点で、売却額と権利行使価額との差額に対して譲渡所得課税(申告分離課税で税率は所得税・住民税等を合わせて約20%が目安とされる)が行われる。

未上場のスタートアップにおいては、権利行使時点では株式を売却して納税資金を確保することができない。そのため、非適格のまま権利行使時課税が発生すると、役職員が自己資金で高額の納税を強いられる事態になりかねない。税制適格の設計が実務上重視される理由はここにある。

税制適格要件の全体像

税制適格ストックオプションとして扱われるためには、租税特別措置法29条の2および関連政省令が定める要件をすべて満たす必要がある。主な要件は以下のとおりである。

要件区分 内容の概要
付与対象者 会社の取締役・執行役・使用人(一定の大口株主等は除外)。2019年度税制改正以降、一定の要件下で社外高度人材にも拡大
権利行使価額 新株予約権に係る契約締結時における1株当たりの価額(時価)以上であること
権利行使期間 付与決議の日後2年を経過した日から10年を経過する日まで(設立5年未満の非上場会社等は例外的に15年まで延長される場合がある)
年間権利行使価額の上限 権利行使価額の合計額が年間1,200万円(一定の要件を満たす場合は上限が引き上げられる特例あり)を超えないこと
譲渡制限 新株予約権の譲渡が禁止されていること
発行形態 無償で発行されるものであること(有償ストックオプションは別制度として扱われる)
株式の保管委託等 権利行使により取得した株式について、証券会社等への保管委託契約または金融商品取引業者等による管理等の要件を満たすこと

これらの要件は付与契約書の条項に落とし込む必要があり、契約書のひな形を流用する際も、自社の資本政策・株価水準に合わせて条項を個別に確認することが望ましい。

非適格ストックオプションとの課税タイミングの違い

税制適格・非適格の違いは、課税が生じるタイミングと所得区分に集約される。

  • 非適格の場合:権利行使時に「株式時価-権利行使価額」が給与所得等として課税され、さらに株式売却時に「売却額-権利行使時の時価」が譲渡所得として課税される(いわゆる二段階課税)。給与所得課税は累進税率が適用されるため、所得水準によっては最大で55%程度(住民税込み)の税負担になる場合がある。
  • 適格の場合:権利行使時点では課税が生じず、株式売却時に「売却額-権利行使価額」の全体が譲渡所得として一括課税される。譲渡所得の税率は前述のとおり約20%が目安とされる。

この差は、未上場株式で流動性がない段階での資金繰りに大きく影響する。非適格ストックオプションを行使した役職員が、含み益に対する所得税を売却前に納付しなければならない事態は、スタートアップの実務でしばしば問題となる。

権利行使価額の算定でつまずきやすいポイント

税制適格要件のうち、実務で最も判断に迷うのが「権利行使価額が付与契約締結時の時価以上であること」という要件である。上場株式であれば市場価格を参照できるが、未上場株式には市場価格が存在しないため、何らかの方法で時価を算定する必要がある。

実務上は、直近の資金調達ラウンドにおける発行価額、DCF法・類似会社比較法等を用いた株価算定書、純資産価額方式による簡易な算定などが用いられる。ただし、直近ラウンドの株価をそのまま流用してよいかは、その後の業績変化や資本構成の変化によって時価が変動している可能性があるため、慎重な検討が必要である。税務上の時価判断に誤りがあると、税制適格要件を欠くとして事後的に否認されるリスクがあるため、株価算定については税理士等の専門家に確認することが望ましい。

また、行使価額の算定を誤って過去に発行した新株予約権が非適格と判断された場合、既に付与済みの役職員にまで影響が及ぶため、新規発行のたびに算定根拠を記録・保存しておくことが重要である。

必要な社内手続きと契約書の設計

税制適格ストックオプションを発行するには、会社法上の新株予約権発行手続きに加え、税制適格要件を契約書に反映させる必要がある。一般的な流れは以下のとおりである。

  1. 資本政策・インセンティブ設計方針の策定(付与対象者、付与数量、行使価額の方針を決定)
  2. 株主総会(非公開会社では通常、特別決議)による新株予約権の募集事項の決定、または取締役会への委任決議
  3. 税理士・弁護士等と連携した権利行使価額の算定と税制適格要件の充足確認
  4. 新株予約権発行契約書(付与契約書)の作成・締結
  5. 新株予約権原簿の作成・管理
  6. 発行後の登記(新株予約権の登記事項に変更が生じる場合)

新株予約権原簿は、発行会社が保管しなければならない法定書類であり、付与対象者・個数・行使条件等を正確に記録しておくことが、後の税務調査や監査、M&A時のデューデリジェンスにおいても重要になる。

よくある失敗例

  • 権利行使価額を直近の資金調達ラウンドの株価より低く設定してしまい、税制適格要件(時価以上)を満たさず、権利行使時に給与課税が発生してしまう
  • 年間の権利行使価額の合計が1,200万円の上限を超える設計をしてしまい、超過部分について非適格扱いとなる
  • 退職者に付与したストックオプションについて、権利行使期間の起算日(付与決議日から2年経過後)を誤って設計し、行使できない期間が生じる
  • 新株予約権の譲渡制限条項を契約書に明記し忘れ、要件不充足のリスクを抱えたまま発行してしまう
  • 社外高度人材向けの特例を適用する際に、経済産業省の確認手続き等の前提要件を満たさないまま発行してしまう
  • 株式の保管委託契約の締結を後回しにし、実際の権利行使時になって証券会社との契約が間に合わない

よくある質問(FAQ)

Q1. 有償ストックオプションと税制適格ストックオプションはどちらを選ぶべきか

有償ストックオプションは、発行時に時価相当の払込みを求める代わりに、権利行使時・株式売却時のいずれにおいても給与所得課税が生じにくいという特徴を持つ制度である。一方、税制適格ストックオプションは無償発行が前提であり、権利行使価額の水準や資金負担能力、会計処理(有償ストックオプションは一般に費用計上が不要とされる場合が多い一方、条件によって取扱いが異なる)などを踏まえて選択する必要がある。どちらが適切かは会社のフェーズや財務状況によって異なるため、税理士・公認会計士等の専門家と相談しながら設計することが望ましい。

Q2. 権利行使価額の算定に誤りがあった場合、既発行のストックオプション全体が無効になるのか

権利行使価額の算定誤りが直ちに新株予約権の発行自体を無効にするわけではないが、税制適格要件を満たさないと判断された場合、当該部分について権利行使時課税(給与所得等課税)が生じる可能性がある。個別の事案における取扱いは、算定根拠や誤りの程度によって異なるため、税務署への確認や税理士への相談を通じて対応方針を検討することが望ましい。

Q3. 上場準備段階でストックオプションの発行状況をどう管理すればよいか

上場審査やM&Aのデューデリジエンスでは、発行済みの新株予約権について、付与対象者、行使条件、税制適格性の充足状況が精査される。新株予約権原簿を常に最新化し、付与契約書・株主総会議事録・取締役会議事録等の関連書類を一元管理しておくことに加え、資本政策表(キャップテーブル)上でストックオプションプールの残数と希薄化率を可視化しておくことが実務上重要である。

まとめ

  • 税制適格ストックオプションは、権利行使時の課税を繰り延べ、株式売却時に譲渡所得として一括課税される制度であり、非適格に比べて役職員の資金負担を抑えられる可能性がある
  • 適格要件は、付与対象者の範囲、権利行使価額(時価以上)、権利行使期間、年間権利行使価額の上限(1,200万円が目安)、譲渡制限、株式の保管委託等、多岐にわたる
  • 権利行使価額の算定は税制適格性を左右する最重要ポイントであり、未上場株式の時価算定には専門家の関与が望ましい
  • 発行にあたっては株主総会決議、付与契約書の締結、新株予約権原簿の管理など一連の社内手続きを漏れなく実施する必要がある

税制適格ストックオプション契約書

本記事は一般的な情報提供を目的として作成されたものであり、個別・具体的な法律相談に代わるものではありません。本記事の内容は執筆・更新時点の法令・裁判例等に基づいており、その後の法改正等により内容が現状と異なる場合があります。本記事の内容に基づいて行った行為の結果について、株式会社リーガリスト(以下「当社」)および監修者は一切の責任を負いかねます。個別の事案については、必ず弁護士等の専門家にご相談ください。

[要確認事項] - 年間権利行使価額の上限額(1,200万円)や社外高度人材向け特例の詳細要件は税制改正により変動するため、公開前に最新の租税特別措置法の内容を確認する必要がある - 権利行使価額の算定方法(DCF法、類似会社比較法等)の実務的な優先順位について、税理士監修者の見解を反映する必要がある